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共有地の悲劇:誰も悪くないのに、資源が尽きます

自分が我慢しても他の人が取れば同じこと。全員がそう考えると、共有のものは必ず空になる。

職場に、誰でも使える共有の備品置き場があります。多めに確保しておくと自分の仕事は楽になりますが、全員が同じことをすると、必要なときに誰も使えなくなります。

誰がどれだけ取ったかは、記録されていません。

まずは選んでみてください。

まず、選んでみる

職場に、誰でも使える共有の備品置き場があります。多めに確保しておくと自分の仕事は楽になりますが、全員が同じことをすると、必要なときに誰も使えなくなります。誰がどれだけ取ったかは、記録されていません。

多めに確保しますか。

正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。

この問いを作った人

生態学者ギャレット・ハーディンが1968年に論文で広めました。牧草地に牛を放つ例が原型で、各自が1頭増やす利益は自分のもの、牧草が減る損は全員で分け合う、という構造です。

ただし、この論文には重大な問題があります。 ハーディンが「共有地」と呼んだのは、実際には誰も管理していない開放地でした。歴史上の共有地の多くは、使う人たちが自分たちで規則を作って管理していたのです。

これを丁寧に示したのがエリノア・オストロムで、彼女は世界中の漁場や灌漑施設の実例を集め、当事者による自主管理がうまくいく条件を明らかにしました。2009年にノーベル経済学賞を受けています。

つまりこの思考実験の結論は、現実の反例によって修正されているという珍しい例です。

4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている

自分の得で決める。自分が我慢しても、ほかの人が取れば同じことだ。正しい計算です。 そしてこの正しさが、全員を破滅に導きます。

相手の出方を読む。全員が同じ計算をすれば、置き場は空になる。読んだからといって、自分だけ我慢する理由にはなりません。読みは絶望を早めるだけです。

決め方をそろえる。1人あたりの上限を決めて、記録を残す形にする。オストロムが実例で見つけたのがこれです。 誰が使ったか見えるようにし、使いすぎに軽い罰を置く。ロールズが手続きを重んじたのと同じ発想です。

先に信じる。上限は決めない。使う分だけ取ると、互いに信じる。規則を作ること自体にコストがあるので、信頼で回るなら安い。 ただし裏切りに弱い。

ハーディンの失敗が教えること

彼の議論は、選択肢を私有化か国家管理かの二つに絞っていました。共有のままでは必ず滅びる、と。

オストロムが示したのは、三つ目があるということでした。 使う人たちが顔を知っていて、規則を自分たちで作れて、破った人に軽い制裁が与えられるなら、共有のまま何百年も続きます。日本の入会地もその例に数えられています。

思考実験には、選択肢を先に絞ってしまう危険があります。ハーディンはそこに落ちました。

いま、この問いが出てくる場所

漁業資源、地下水、大気。どれも典型例です。そしてどれも、オストロムの条件が満たしにくい規模になっています。 顔が見えず、規則を作る場が無く、破っても分からない。

小さな例では、共有のフォルダ、会議室の予約、オープンソースの保守。使う人が増えるほど、悲劇の形に近づきます。

大事なのは、誰かが悪いわけではないという点です。悪意ゼロでも枯れる。だから見るべきは、オストロムの条件のどれが欠けているかです。誰が取ったか分からないなら、記録を残す。規則を作る場が無いなら、使う人だけで上限を決められる場を先に用意する。共有地は放っておけば枯れますが、条件を戻せば戻ります。

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