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公共財ゲーム:手を抜く一人を、放っておきますか

指摘するには自分が手間と気まずさを引き受ける。黙っていれば、抜く人が増えていく。

10人で共同の作業をしています。1人だけ手を抜いていますが、報酬は10人で等分されます。 そのことを言うには、自分が手間と気まずさを引き受けなければなりません。

まずは選んでみてください。

まず、選んでみる

10人で共同の作業をしています。1人だけ手を抜いていますが、報酬は10人で等分されます。そのことを言うには、自分が手間と気まずさを引き受けなければなりません。黙っていれば、自分の作業は減りません。

どうしますか。

正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。

放っておくと、全員が抜きます

この形の実験を繰り返すと、決まった経過をたどります。

最初は、多くの人がそれなりに貢献します。ところが手を抜く人がいると分かると、真面目にやっていた人の貢献が下がります。 損をしたくないからです。

そして10回ほど繰り返すうちに、平均の貢献が最初の数分の一まで落ちます。 崩れ方は速い。

面白いのは、崩すのが悪意ではなく公平感だという点です。「自分だけ損をしたくない」という真っ当な感覚が、集団を壊します。

4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている

自分の得で決める。黙っている。自分が引き受ける手間のほうが大きい。正しい計算です。 指摘の利益は10人で分け合い、費用は自分ひとりが負う。だから誰も指摘しません。

次があると考える。言う。放っておけば、ほかの人も手を抜きはじめる。崩れる速さを知っていれば、早い手当てのほうが安い。

等しく分ける。自分も同じだけ手を抜く。負担だけ自分のほうが多いのは、割に合わない。これを選んだ人が、さきほどの実験そのものです。 一人ひとりの筋は通ったまま、集団の合計だけが落ちていきます。

本人が決める。本人に事情を聞く。そのうえで、どうするかを決める。手を抜いているように見えて、事情がある場合を落とさないやり方です。

罰する仕組みを入れると、いったんは直ります

実験に一つ足すと、結果が変わります。費用を払って、他人に罰を与えられるようにする。

自分が損をしてまで他人を罰する人は、理屈では現れないはずです。ところが実際には現れます。 そして罰する人が数人いるだけで、多くの実験では集団全体の貢献が高いまま維持されます。

罰することもまた、費用を自分が負い利益を全員で分け合う行為です。これを第二の公共財問題と呼びます。それを引き受ける人がいるかどうかで、集団の運命が決まります。

ただし、よく貢献している人のほうを罰する動きが出る社会もあり、その場合は協力が持ち直しません。

気まずさの正体

日常でこれが難しいのは、費用の大半が金銭でなく気まずさだからです。

言えば関係が悪くなる。うるさい人だと思われる。自分の落ち度を探される。この費用は、指摘する側だけが払います。

だから多くの組織で、手を抜く人ではなく指摘する人のほうが浮きます。 構造がそうなっている以上、これは人柄の問題ではありません。

いま、この問いが出てくる場所

会議の議事録を誰が取るか。共有ドキュメントの整理。オープンソースの保守。やらなくても自分は困らず、誰かがやれば全員が助かる作業は、すべてこの形です。

対策は、指摘する人の費用を下げることに尽きます。匿名で申告できる、記録が自動で残る、指摘が制度の一部になっている。 どれも「言った人が浮かない」形にするための工夫です。

ヒュームは、正義が守られるのは人が善良だからではなく、守られる仕組みが整っているからだと考えました。この実験は、その主張をそのまま再現しています。

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