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抜き打ちテスト:5日すべてが消えたあとに、テストはありますか

生徒が消去法をかけると、月曜から金曜まで全部消える。絞首刑のパラドックスとも呼ばれ、1948年からクワインらの論争が続いている。

先生が言いました。来週の平日のどこかで抜き打ちテストをする。いつやるかは、当日まで分からない。

生徒が考えます。木曜まで何も無ければ、残るのは金曜だけです。その時点で「明日だ」と分かってしまうので、抜き打ちになりません。 だから金曜は消えます。

ここからが効きます。金曜が消えたと分かっている以上、最後の候補は木曜になりました。 すると水曜まで何も無ければ、やはり「明日だ」と分かってしまう。だから木曜も消えます。同じことが水曜、火曜、月曜と続き、5日すべてが消えます。

まずは選んでみてください。

まず、選んでみる

先生が言いました。来週の平日のどこかで抜き打ちテストをする。いつやるかは、当日まで分からない。生徒が考えます。金曜まで無ければ金曜だと分かるので抜き打ちにならない。だから金曜は無い。すると木曜が最後になり、同じ理屈で木曜も無い。こうして全部消えます。

テストは、ありますか。

この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。

この問いを作った人

はっきりした発案者がいません。活字になった最初は、1948年に哲学の雑誌「マインド」に載ったD・J・オコナーの論文だとされています。「絞首刑のパラドックス」とも呼ばれます。 死刑囚が「来週のどこかで執行する。当日まで知らせない」と告げられる形で、こちらのほうが有名です。

5年後、クワインが同じ雑誌で反論しました。生徒は「自分には分からないかもしれない」という可能性を数え落としている、というのが彼の指摘です。木曜の夜を迎えた生徒がいる状態は「明日だと分かる」ではなく、「明日かもしれないし、先生が宣言を守れなかったのかもしれない」です。分からないままでいる目が、最初から消されていました。

この応酬が、いまも続いています。

4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている

経験を信じる。実際に水曜に出されたら、生徒は驚くしかない。結論が現実と合わないなら、推論のどこかがおかしい。 どこが間違いかを言えなくても、間違っていることは分かる、という立場です。強いのは、起きたという動かない事実を握っていること。弱いのは、間違いの場所を最後まで示せないことです。

筋道に従う。どの日も抜き打ちにならない。推論を最後まで受け入れる立場です。前提と筋道が正しいなら、結論がどれだけ信じがたくても引き受ける。ただしこれを取ると、水曜に出されて驚いた事実のほうを説明し直すことになります。「あれは抜き打ちではなかった」と言うしかなく、言葉の使い方が日常から離れていきます。

言葉の問題とみる。抜き打ちという言葉の使い方に、無理があった。先生の宣言そのものが自己言及を含んでいるという指摘です。「あなたにはこれが予測できない」は、真とすれば偽になり偽とすれば真になる「この文は偽である」、つまり嘘つきのパラドックスと同じ形をしています。予測しようとした瞬間に、宣言の中身が変わってしまう。ただしこの見方では、なぜ水曜には実際に驚けるのかが説明されません。

定義を疑う。知っているとはどういうことかが、はっきりしない。これは有力な分析の一つです。 生徒の推論は「木曜まで無ければ金曜だと知る」に立っていますが、そこで何を知っているかは、先生の宣言をまだ信じているかどうかで変わります。知識の意味を決め直さないと、推論の1行目が書けない。問いが論理から認識論へ移ります。

「信じている」ことが揺れます

説得力のある分析の一つは、こうです。

生徒は先生の宣言を信じたうえで、その宣言が成り立たないという結論を導きました。 結論が出た時点で、生徒はもう宣言を信じていません。

信じていないなら、消去法の前提が崩れます。 前提が崩れれば結論も崩れる。すると宣言は成り立ち、また信じられるようになり、また消去法が始まる。

信念が安定しません。 一周するたびに、信じる側と信じない側を行き来する。生徒が立てるはずの足場が、生徒自身の推論によって外れていきます。これがこのパラドックスの正体だ、という見方があります。

答えは出ています。ただし診断が出ていません

テストはあります。 先生は水曜に出せて、宣言は両方とも守られます。テストは行われ、当日まで分からなかった。ここに争いはありません。

合意が無いのは、生徒の推論のどこが壊れているかのほうです。 論理の問題か、知識の問題か、言葉の問題か。嘘つきのパラドックスと違って、壊れている場所すら特定できていません。

分野をまたいで居座っているため、認識論の教科書にも論理学の教科書にも出てきます。

いま、この問いが出てくる場所

抜き打ちの検査や監査は、実際に行われています。予告しないことに意味がある仕組みは、この構造を持っています。

そして実務では、この問いは起きません。なぜなら、対象者が完璧な推論をしないからです。

パラドックスが成立するには、全員が完全に論理的で、全員がそれを知っている必要があります。その条件が現実にはめったに揃わないことが、この問いが実害を生まない理由です。

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