国も法律も警察も無い場所に、見知らぬ人たちと放り出されたとします。力の強い人も弱い人もいます。奪うことも、奪われることもできます。
ここから、みんなで守る決まりを一つだけ作れるとしたら、何を最初に置きますか。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
国も法律も警察も無い場所に、見知らぬ人たちと放り出されたとします。力の強い人も弱い人もいます。奪うことも、奪われることもできます。ここから、みんなで守る決まりを一つだけ作れるとしたら、何を最初に置きますか。
最初に、何を決めますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
本当にあった出来事なのか
社会契約という言い方をすると、昔どこかでみんなが集まって契約を結んだという話に聞こえます。実際にあったのか。ここで3人の言い分は分かれます。
ルソーは、事実はすべて脇に置くと明言しました。完全な思考実験として扱っています。 一方ホッブズは、アメリカの人々が現にそういう暮らしをしていると書き、ロックにいたっては、政治社会は実際に人々の同意から始まったと、歴史の話として論じました。
ただし、歴史かどうかで、この問いの使い道は変わりません。
3人が、それぞれ違う場所から始めました
ホッブズは、決まりの無い状態を万人の万人に対する闘争と呼びました。誰もが自分の得で動くしかなく、いつ襲われるか分からない。だから人々は、身の安全と引き換えに強い権力へ従うことを選ぶ。彼の答えは、まず秩序でした。
ロックは違いました。決まりが無くても人には生命と自由と財産への権利があり、政府はそれを守るために作られる。だから政府が権利を侵すなら、人々にはそれに抵抗する権利がある。 アメリカ独立宣言はこの考え方から書かれています。
ルソーはさらに違います。人は本来自由なのに、社会に入って鎖につながれた。そう見たうえで彼が探したのは、自由を手放さずに社会を作る道でした。全員に共通する利益だけを取り出したものを彼は一般意志と呼び、自分もその一部を作った決まりに従うのだから、それに従うことは自分に従うことだと考えました。この主張は解釈が難しく、後世で正反対の読まれ方をしています。
同じ思考実験から、3つの別の国家像が出てきました。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
自分の得で決める。まず身の安全がなければ、他は何も始まらない。ホッブズの答えです。順番として、これを最初に置く。
決め方をそろえる。中身より先に、どう決めるかを揃える。ロールズが20世紀にこの伝統を引き継いだときの発想で、何が正しいかを決める前に、決め方の公正さを固めます。
弱い側に寄せる。いちばん弱い人がどうなるか。そこが持たない決まりは長続きしない。結果の側から手続きを縛る発想です。どんな手順で決めたかにかかわらず、いちばん下がどうなるかで決まりを点検します。
取り決めを守る。交わした約束は守る、という一点。それが無ければ何を決めても同じだ。ロックが土台に置いたもので、契約という考え方そのものの前提でもあります。
この思考実験の使い道
いまも使えます。部活の規約でも、会社の就業規則でも、同じ問いが立てられます。
もしこの組織を今日ゼロから作るとして、いまと同じ決まりを置くだろうか。置かないなら、その決まりは何のために残っているのか。
歴史としてどこまで本気だったかはともかく、3人がこれを使った目的は同じでした。 目の前の政治を点検することです。
そして三人の答えが違ったことこそが、この問いが今も生きている理由です。