組合員120人が、次の交渉で中心に置く要求を1つ選びます。1人1票では賃上げが1位ですが、上位2つを比べる方式だと時短が勝ち、順位に点を配る方式だと人員増が勝ちます。
同じ人たちの同じ意見から、数え方によって3つの違う答えが出ます。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
組合員120人が、次の3年の交渉で中心に置く要求を1つ選びます。候補は賃上げ、時短、人員増。1人1票では賃上げ50、時短40、人員増30で、賃上げが1位です。上位2つで決選投票にすると、人員増に入れた30人のうち25人が時短に回り、時短65対賃上げ55で時短が勝ちます。3案に順位をつけて点を配る方式では、2位に選ぶ人が多い人員増が1位になります。数え方は、まだ決めていません。
執行部として、どの数え方で決めますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
この問いを証明した人
経済学者ケネス・アローが1951年に、数学の定理として証明しました。
彼が示したのは、決め方に次のようなごく当たり前の条件をいくつか課すと、それを全部満たす方法は一つの例外を除いて存在しないということでした。
条件はどれも常識的なものです。全員がAをBより好むならAが勝つこと。AとBの優劣が、無関係なCの有無で変わらないこと。どんな好みの組み合わせが出てきても決められること。
そして、これらを満たす決め方は、誰か一人の好みだけで全部が決まる独裁しかない。 常識のつもりで並べた条件が、最後に独裁を指してしまう。それがアローの結論でした。
18世紀のコンドルセは、3つの案に順位をつけて多数決すると勝者が堂々巡りになる例を見つけていました。アローはそれを、あらゆる決め方に共通する構造として証明したわけです。アローは1972年にノーベル経済学賞を受けています。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
全体を大きくする。順位に点を配る方式にする。全体でいちばん不満の小さい案が残る。功利主義の発想で、総和を見ます。ただしこの方式にも弱点があり、無関係な候補が入るだけで結果が動きます。
どこかで線を引く。上位2つで決選投票にする。過半数を取った時短を通す。1位の票は50で、半分の60に届いていません。 多数と呼べるのは過半数からだ、という線の引き方です。
決め方をそろえる。数え方をくじで1つ選び、出た結果にそのまま従う。恣意を消すために偶然を持ち込むやり方で、意外に筋が通っています。
数で決める。1位の票が最も多い賃上げにする。単純で、説明がいちばん簡単です。だからこそ広く使われています。
「不可能」の意味を取り違えないこと
この定理は、民主主義が無意味だと言ってはいません。
言っているのは、「あらゆる状況で誰もが納得する完璧な集計方法は無い」ということです。だから決め方には必ず何らかの偏りが入る。
すると、大事なことが変わります。完璧な決め方を探すのをやめて、どの偏りを受け入れるかを選ぶという作業になります。
少数意見を拾いたいのか、決定を速くしたいのか、操作されにくくしたいのか。目的に応じて方式を選び、選んだことを明示する。 それが定理のあとに残された仕事です。
いま、この問いが出てくる場所
選挙制度の設計はもちろん、社内の評価制度、コンテストの審査、推薦アルゴリズム。3つ以上の案を、一人ひとりの順位づけだけをもとに1つにまとめる場面は、すべてこの定理の射程にあります。 逆に、二択の多数決や、点数で強さまで表す方式は、この定理の前提から外れます。
いちばん危ないのは、数え方を後から変えられる状態です。結果を見てから方式を選べるなら、実質的に選ぶ人が決めています。
だから実務では、方式を先に決めて公表し、途中で変えないことが要になります。中身より手順を先に置く、という答えは、ここから来ています。