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非同一性問題:まだ生まれていない世代に、悪いことができますか

いま資源を使い切れば、未来の人は困る。だがその人たちは、そもそも別の選択をしていたら生まれてこなかった。

町に100億円の基金があります。いま全部使えば、今年の暮らしがはっきりよくなります。半分を残せば、30年後に生まれる世代が使えます。 基金は一度使えば戻りません。

まずは選んでみてください。

まず、選んでみる

町に100億円の基金があります。いま全部使えば、今年の暮らしがはっきりよくなります。半分を残せば、30年後に生まれる世代が使えます。基金は一度使えば戻りません。30年後の世代は、この場にいません。

どう配りますか。

正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。

未来世代には、奇妙な難しさがあります

普通に考えれば、資源を残すべきです。使い切れば、未来の人が困る。

ところが、ここに厄介な論点があります。デレク・パーフィットが非同一性問題と呼んだものです。

政策を変えれば、社会のあり方が変わります。人々の暮らし、出会い、結婚のタイミング。30年後に生まれてくる人の顔ぶれが、そもそも入れ替わります。

つまり、資源を残す世界に生まれる人と、使い切る世界に生まれる人は、別人です。

すると妙なことになります。使い切ったせいで困っている人に「あなたに悪いことをした」と言えるでしょうか。 使い切らなければ、その人は存在しなかったのです。

4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている

筋道に従う。いま全部使う。使い切った世界に生まれる人は、残した世界に生まれる人とは別人だ。非同一性の議論を、額面どおりに受け取った答えです。困っている当人も、残す選択がされていたら生まれていません。より悪い状態に置かれた人は、どこにもいない。結論がどれだけ受け入れがたくても、筋が通っているなら引き受ける側に立ちます。

弱い側に寄せる。半分を残す。この場にいない側の取り分を、先に確保する。ロールズの発想を世代間に広げたもので、彼自身も正義の原則を世代を越えて適用しようとしました。

立場で決める。いまの町民で決を採る。任されているのは、いまの町の代表としての役だ。現実の制度がこう作られています。 投票権を持つのは、いま生きている人だけです。

決めない。この場にいない世代のぶんを、いまいる人間が決められない。正直な保留ですが、決めなければ現状が続きます。

「誰にも悪くない」のに、悪い

非同一性問題の困ったところは、被害者を特定できないことです。

私たちの倫理の多くは、誰かに危害を加えたかどうかで組み立てられています。危害を受けた特定の人がいて、その人がより悪い状態になった。

未来世代では、この形が成り立ちません。その人は、別の選択がなされていたら存在しなかった。 だから「より悪い状態」の比較対象がありません。

パーフィットは、この難問を解けませんでした。個人に着目する倫理では扱えないとして、非個人的な原理が要ると考えましたが、その原理を定式化することには成功していません。

それでも、直観は残ります

理屈で被害者を特定できなくても、資源を使い切ることが悪いという感覚は消えません。

この落差が、非同一性問題の価値です。私たちの倫理の枠組みに、扱えない領域があることを示している。

言い換えれば、気候変動や核廃棄物のような問題は、既存の倫理では正面から捉えられていません。 新しい枠組みが要る、という宿題が残っています。

いま、この問いが出てくる場所

高レベル放射性廃棄物は、10万年の管理が必要とされます。その間に生まれる人は、誰一人この決定に関われません。

年金、財政赤字、環境。どれも、決める人と負う人がずれています。 そして負う側は、まだ存在していません。

この非対称を、制度でどう埋めるか。未来世代の代弁者を置く仕組みは、いくつかの国で実際に試みられています。

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