退屈な単純作業を1時間させられたあと、次の参加者に面白かったと伝えるよう頼まれます。ある人は謝礼20ドル、別の人は1ドルを受け取りました。1959年の20ドルは、いまの2万円ほどの感覚です。
そのすぐあと、別室で担当者が本人に作業の感想を聞きます。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
退屈な単純作業を1時間させられたあと、次の参加者に面白かったと伝えるよう頼まれます。ある人は謝礼20ドル、別の人は1ドルを受け取りました。1959年の20ドルは、いまの2万円ほどの感覚です。そのすぐあと、別室で担当者が本人に作業の感想を聞きます。
面白かったと答えるのは、どちらだと思いますか。
この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。
答えは、1ドルのほうでした
レオン・フェスティンガーとメリル・カールスミスが1959年に行った実験です。
謝礼が少なかった人のほうが、作業を面白かったと答えました。 直観に反します。得をした人のほうが好意的になりそうなものです。
フェスティンガーの説明はこうです。退屈だったのに面白いと言ったという食い違いは、心地の悪いものです。人はこれを解消しようとする。
20ドルもらった人には、言い訳があります。20ドルのためだ。だから食い違いは残りません。
1ドルの人には言い訳がありません。その額で嘘をつく自分を認めたくない。そこで、記憶のほうを書き換えます。 あれは案外面白かったのだ、と。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
自分の得で決める。20ドルのほう。得をしたぶん、印象がよくなる。素直な予測で、そして外れます。
状況で決まる。安い理由では嘘を正当化できず、本当に面白かったことにしてしまう。実験結果と一致する説明です。
手がかりで決める。退屈だったという事実は動かない。事実は動かないが、記憶と評価は動くというのが、この実験の発見でした。
人柄で決まる。もともと嘘が苦手かどうかで決まる。個人差はありますが、傾向自体は多くの人に共通して現れます。
気持ちが行動を決めるのではありません
私たちはふつう、こう考えます。面白いと思ったから、面白いと言う。順番が逆になることがある、というのがこの発見です。
面白いと言ってしまった。だから面白いと思うことにする。行動が先で、気持ちがあとから追いつきます。
ニーチェは、人が自分の行為に立派な動機を後付けすることを繰り返し指摘しました。本当の理由は隠され、自分でも見えなくなる。 サルトルの自己欺瞞も、近いところを突いています。
苦労したものほど、良く見えます
この仕組みは、いろいろな場所に顔を出します。
入るのが大変だった集団ほど、所属を誇りに思う。 苦労したのに価値がないと認めるのは苦しいので、価値のほうを上げます。ただし、確かめられているのは実験室の中までです。 実際の入団儀式を追った研究では逆の結果も出ており、不快な経験の直後は何でもよく見えるだけ、という別の説明もあります。
高く払ったものほど、失敗だったと認めにくい。 だから評価が上振れします。
やめられない状態に、自分で理由を作ってしまう。 続けた時間が長いほど、やめる判断が難しくなります。
いま、この問いが出てくる場所
自分の判断が正しかったと信じ込む力は、間違いを直しにくくします。
だから、後戻りしにくい仕組みは危険です。先に宣言させる、公に表明させる、多く払わせる。 どれも人を本気にさせますが、同時に間違いを認められなくします。
自分の意見が固まっていくとき、それが考えた結果なのか、言ってしまった結果なのか。 その区別は、自分ではほとんどつきません。