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入門編 · 古代の物語 · 第17

プラトン:イデアと国家

ソクラテスを処刑したのは、民主政アテナイ自身でした。28歳で師を失ったプラトンは、政治家になる夢を捨て、約20年の遍歴のあとアカデメイアという学園を開きます。彼の生涯を貫いた問いは一つでした。なぜ最も善き人が、最も民主的な街で殺されたのか。この傷から、西洋哲学を方向づける壮大な体系が生まれます。

洞窟の比喩とイデア論

国家に出てくる有名な洞窟どうくつ比喩ひゆは、プラトン哲学の核心を一枚の絵にしたものです。生まれてから洞窟の壁しか見たことのない囚人たちは、背後を通る人形の影を本物だと信じている。一人の囚人が鎖を解かれ、外に連れ出される。最初は太陽の光に目が眩み、やがて事物そのものを見、最後に太陽そのものを見上げる。戻って真実を語ろうとすると、仲間からは狂人扱いされる。

影に対応するのが感覚で見ている世界、本物の事物に対応するのがイデアの世界、そして太陽が善のイデアです。私たちが日常で美しいと感じる花は、永遠不変の美のイデアの不完全な影にすぎません。本当に存在するものは、感覚ではなく理性によってのみ捉えられる、というのがプラトンの主張でした。

魂の三部分と理想国家

プラトンは魂を三つの部分に分けました。理性、気概きがい、欲望の三つです。理性は学び考える働き、気概は怒りや誇りを担い、欲望は食欲や性欲のような身体的衝動をつかさどる。馬車にたとえるなら、御者ぎょしゃが理性、二頭の馬が気概と欲望にあたります。よく生きるとは、理性が御者として二頭をうまく制御することだ、と彼は説きました。

そしてここから、有名な国家論への跳躍が起こります。個人の魂と同じように、国家も三つの階級から成る。理性に対応する統治者、気概に対応する戦士、欲望に対応する生産者。それぞれが自分の役割に徹し、互いに干渉しないこと。それがプラトンの言う正義でした。個人の魂の調和を国家の構造へと拡大した、ラディカルな構想です。

哲人王と正義

ではその統治者は誰になるべきか。プラトンの答えは過激です。哲学者が王となるか、王が哲学者となるかしない限り、人類の不幸は終わりません。長い数学と弁証法べんしょうほうの訓練を経て善のイデアを見た者だけが、私利私欲を離れて公共のために統治できる、と彼は考えました。家族も私有財産も持たないという過酷な条件まで課したのは、統治者を私的利害から完全に切り離すためでした。

この構想は、20世紀の哲学者カール・ポパーから「全体主義の元祖」と厳しく批判されることになります。けれども擁護派は、これは現実の政治制度の青写真ではなく、正義とは何かを照らすための思考実験だと反論しました。読み方をめぐる論争は、二千年以上経った今も決着していません。

あなたの中で、理性・気概・欲望のどれがいちばん声が大きいですか。三者の力関係が変わったとき、あなたは別の人になってしまうでしょうか。

プラトン主義の遺産

プラトンの思想は、感覚で捉えられる世界の背後に永遠不変の真実があるという「二世界説」として、その後の西洋思想を方向づけました。中世のキリスト教神学はイデアを神の心の中に位置づけ直し、近代の数学者たちは数の世界をイデア界に重ねて考えました。20世紀のホワイトヘッドが「西洋哲学はすべてプラトンへの脚注である」と書いたのは、決して誇張ではありません。

一方で、感覚世界を影として軽んじる発想に対する反発も、同じくらい強く繰り返されてきました。それを最初に正面から行ったのが、20年間アカデメイアでプラトンに学んだ一人の北方出身の青年でした。次章では、その弟子アリストテレスがどのように師の遺産と格闘したかを見ていきます。