入門編 · 古代の物語 · 第18章
アリストテレス:万学の祖
17歳でマケドニアからアテナイに出てきた青年が、プラトンの学園アカデメイアで20年学び続けました。アリストテレスは師を深く尊敬しながら、ついに師と袂を分かちます。「プラトンは友、しかし真理はもっと友」という有名な言葉が示すように、彼は哲学のあり方そのものを書き換えました。論理学・自然学・生物学・倫理学・政治学・詩学。これら諸学問の枠組みは、ほぼ彼一人で整えられたと言っても過言ではありません。
プラトン批判から四原因説へ
アリストテレスはプラトンのイデア論に強く反対しました。なぜ事物の本質を、事物そのものから切り離して別世界に置く必要があるのか。馬の馬らしさは、目の前の馬の中にあるのであって、どこか天上にある馬のイデアにあるのではない、と彼は考えました。本質は事物に内在しているという発想は、後の実念論や近代科学の前提を準備することになります。
ものを理解するとは、その四つの原因を知ることだと彼は『形而上学』で説きました。机ならば、木という素材(質料因)、机という形(形相因)、大工が作ったこと(作用因)、座って書くため(目的因)の四つです。とりわけ目的因の重視が、彼の自然観の特徴になります。すべての存在は何かに向かって動いていく、という見方は、近代力学が登場するまで西洋世界の常識でした。
エウダイモニア:人間の目的としての幸福
人間にとっての目的は何か。アリストテレスはエウダイモニアと答えました。日本語では「幸福」と訳されますが、瞬間的な快楽ではなく、生涯を通じて自分の能力を十全に開花させた充実した生のあり方を指します。動物が栄養と感覚に生きるように、人間に固有の働きは理性的活動であり、それを卓越して行うことが人間にとっての幸福である、と。
重要なのは、エウダイモニアが「結果」ではなく「活動」であることです。お金や名誉は手段として役立っても、それ自体が目的ではありません。倫理学とは、何が正しい行為かを抽象的に決めることではなく、どう生きれば人間として開花するかを問う実践的な学なのです。
中庸と徳:性格を育てる
ではどう生きれば開花するのか。『ニコマコス倫理学』でアリストテレスは徳倫理学の基本枠組みを示します。徳とは、過剰でも不足でもない中庸を選ぶことのできる安定した性格の状態である、と。臆病と無謀の中庸が勇気、けちと浪費の中庸が気前のよさ、卑屈と尊大の中庸が誇り高さ、というように。
そしてこの中庸は、頭で計算できるものではなく、繰り返しの実践によってのみ身につきます。勇気ある行為を重ねるうちに勇気ある人になり、寛大に振る舞ううちに寛大な人になります。性格は習慣の沈殿物だ、というこの洞察は、現代の倫理学が功利主義・義務論への対抗軸として徳倫理学を再評価する大きな理由になっています。
あなたが最近気にしている「自分の悪い癖」を一つ思い出してください。それは過剰でしょうか、不足でしょうか。中庸はどのあたりにありそうですか。
人間はポリス的動物である
徳の涵養は、孤独な修養ではなく共同体の中でしか達成できないとアリストテレスは考えました。「人間はポリス的動物である」という有名な定義は、人間が国家(ポリス)という共同生活の場でこそ完成するという主張です。家族や村が生存を支えるなら、ポリスは善き生を可能にする最終的な共同体だ、と。
アレクサンドロス大王の家庭教師でもあった彼は、150あまりのギリシャ諸都市の制度を集めて比較研究し、現実の政治体制の中から最善のものを探りました。プラトンが理想を上から描いたのに対し、アリストテレスは現実から最良を引き出す手法を取ったのです。彼の遺産はやがて、ローマを経てイスラム世界へ受け継がれ、中世ヨーロッパの大学へと再輸入されていきます。次章では、ポリスが崩壊した時代に生まれた、もう一つの哲学的応答を見ていきます。
古代の物語 · 第18章