ポストコロニアル運動
ぽすところにある うんどう
現代
脱植民地化とともに生まれた思想的・文化的批判の潮流
この出来事について
第二次大戦後の脱植民地化と並行して、植民地支配の遺産を思想的に批判する知的運動。
【何が起きたか】
1947年のインド独立以降、アジア・アフリカで旧植民地が次々と独立した。政治的独立と並行して、旧宗主国によって作られた知識・文化・自己像そのものが批判の対象となった。サイードの『オリエンタリズム』(1978)が決定的な転換点となり、フランツ・ファノン、スピヴァク、ホミ・K・バーバらが理論的基礎を築いた。
【思想への影響】
フーコーの権力・知論、デリダの脱構築、構造主義と深く交わりながら、「西洋」と「非西洋」という二分法そのものが疑問に付された。知識の生産と権力の関係、マイノリティの声の不可能性、文化的ハイブリッドの価値、表象の政治など、現代人文学の中心的問題が生まれた。
【現代とのつながり】
グローバル・サウス、脱植民地化フェミニズム、文化の盗用をめぐる議論、博物館・大学の知の脱植民地化運動は、ポストコロニアル思想の現代的展開である。歴史観そのものの再編成が現在も続いている。
さらに深く
【背景の深層】
ポストコロニアル運動は、単なる政治的独立だけでは旧宗主国が構築した知識・文化・自己像からの独立は達成できないという認識から出発する。フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』(1952)、『地に呪われたる者』(1961)は、植民地経験が個人の精神構造そのものを歪めるメカニズムを精神分析的に分析し、脱植民地闘争における暴力の両義性を論じた。エメ・セゼール『植民地主義論』(1950)は植民地主義がヨーロッパ自身を野蛮化したと喝破し、ナチズムを植民地暴力のヨーロッパ内での反復として捉え直した。レオポール・セダール・サンゴールらのネグリチュード運動も黒人文化の再評価を進めた。エドワード・サイード『オリエンタリズム』(1978)は、西洋による「東洋」表象そのものが権力行使であることを包括的に示し、ポストコロニアル研究の決定的な出発点となった。
【影響の広がり】
フーコーの権力・知論、デリダの脱構築、グラムシのヘゲモニー論と結合して、ポストコロニアル研究は現代人文学の主要潮流となった。ホミ・バーバのハイブリッド性論と模倣論、ガヤトリ・スピヴァク「サバルタンは語ることができるか」、アシル・ムベンベのネクロポリティクス論、ディペシュ・チャクラバルティのヨーロッパを地方化する試みは、西洋哲学の基本概念そのものを脱植民地化する試みを続けている。ラテンアメリカではエンリケ・ドゥセルの解放の哲学、ワルテル・ミニョーロの脱植民地的思考が並行して展開した。日本では子安宣邦《こやすのぶくに》や酒井直樹《さかいなおき》が日本思想と植民地主義の関係を問い直した。現代の文化の盗用論争、博物館・大学の脱植民地化運動、グローバル・サウスの哲学、気候正義論は、すべてこの運動の継続である。
【さらに学ぶために】
エドワード・サイード『オリエンタリズム』はポストコロニアル研究の記念碑的著作である。フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』は植民地的精神の分析として読みやすく、運動の思想的出発点を直接味わえる。


