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政

『政談』

せいだん

近代

徂徠が将軍吉宗に上申した江戸中期の政治改革論

政治

この著作について

八代将軍徳川吉宗の諮問に応じて荻生徂徠《おぎゅうそらい》が享保十二年(一七二七年)頃に執筆したと推定される、江戸中期の代表的政治意見書。四巻本。

【内容】

本書はまず、武士が参勤交代で都市に集住した結果、土地から離れた「旅宿《りょしゅく》の境界」に陥り、生活は商人経済に依存し、武家の気風が弱まったと診断する。続いて、武士を土地に帰す「土着」、米価と武家経済の関係、身分制の再編、刑罰・訴訟・戸籍の整備、学問所の役割、大名配置や参勤交代の緩和案などが、古代中国の制度と日本の実情を突き合わせながら論じられる。徂徠独自の「先王の道」を現実政治へ翻訳する試みであり、儒学の古典を制度設計の道具として使う鮮烈さが際立つ。

【影響と意義】

本居宣長《もとおりのりなが》に先行する「古学」の政治への応用として、後の本多利明・海保青陵・横井小楠ら近世後期の政治経済思想に深い影響を与えた。明治以降の政治思想史研究でも、丸山眞男《まるやままさお》が『日本政治思想史研究』で中核的に論じた。

【なぜ今読むか】

制度の老朽化と経済の構造転換をどう接続するかという問いは、今なお繰り返される政治の課題である。

どの訳で読むか

現代語で全体の筋を追うなら、講談社学術文庫の尾藤正英抄訳が目安になる。写本の本文に詳しい校訂注を付けて読みたいなら、平凡社東洋文庫の平石直昭校注がある。

  • 尾藤正英抄訳講談社・講談社学術文庫、2013年

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    1974年に中央公論社の「日本の名著」第16巻「荻生徂徠」として出たものを文庫にし、2013年1月に講談社学術文庫の2149として出した。368頁(版元の表記)。国立国会図書館の書誌が「抄訳」とするとおり全文の訳ではなく、版元は経世の書を平明な現代語で読む本と紹介している。巻末に補注、尾藤の論考「国家主義の祖型としての徂徠」、あとがき、高山大毅の解説を収める。

  • 平石直昭校注平凡社・東洋文庫811、2011年

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    書名は『政談』に「服部本」の副題がつく。底本は、将軍吉宗に呈した原本にもっとも近いと考えられる写本(早稲田大学図書館の服部文庫所蔵本)で、辻達也校注本を踏まえ、さらに詳しい校訂注を加えた校注本。版元は『政談』校注本の決定版と紹介している。462頁。2026年10月時点で版元サイトの在庫表示は「在庫あり」となっている。

ほかに、辻達也校注の岩波文庫版(1987年7月、386頁)があるが、版元ドットコムの出版社在庫情報は「不明」である(2026年10月時点)。

さらに深く

【内容のあらまし】

徂徠は結びで本書を四冊の物語と呼ぶ。巻一で国の締まり、巻二で財のにぎわい、巻三で人の扱いを論じ、巻四に残る問題を集める。

巻一は「国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し」(国を治めるのは、碁盤に目を引くようなものだ)と始まる。目のない盤ではどんな上手でも碁は打てず、川筋をつけなければ洪水は鎮まらない。江戸の取締りは手勢が足りず、目明かしという悪人に指させるほかない。そこで徂徠は戸籍を説く。今の人別帳《にんべつちょう》はその場にいる者を書き留める着到帳《ちゃくとうちょう》にすぎず、本来は出生、嫁取り、養子、死亡、出家まで家ごとに記す。郷里が定まれば、人は親類や幼なじみの目を思って悪事をしない。江戸の人数は関八州の米で養える数に限り、余る者は国元へ返せという。さらに根本に据えるのが「武家旅宿の境界」で、城下に集まった武士は衣食住のすべてを買い整えるため、禄は商人に吸い取られて困窮し、知行所の締まりも緩む。徂徠は武士を知行所に帰すことを求める。

巻二は、太平が長く続けば上下が困窮して乱に至るとし、管仲と孔子を引いて、まず豊かにすることが治めの根本だと言う。困窮の根は、旅宿の境界、せわしい風俗、制度のなさの三つとされる。せわしい風俗の対極に挙げるのが上総《かずさ》の松ケ谷村の釈迦堂で、飛騨の大工は材が枯れるのを待って削り、一つの普請に二、三年をかけた。貫を太めに削って叩き込むので楔《くさび》もいらず、年を経て雨風に濡れると柱と貫が一つの木のように締まる。何事も間に合わせで済ます城下の風俗と対比される。制度とは、衣服や家居から婚礼や祭まで身分に応じた定めを指す。

巻三は役人論で、役を替えれば席も上下する今の仕組みを改め、席を勲階十二等で立てれば、同じ階級に複数の役を置けて人を器量次第に使えるとする。人さえよければ仕組みが悪くても国は治まるが、人がいなければ仕組みを練っても役に立たない。名将の目利きは戦場で多くの人を使った経験の賜物で、器量は自分でさえわからない。「人を知ると云は兎角使ひ見て知ることなり」(人を知るには、とにかく使ってみるほかない)と言い切り、家筋に縛られず器量次第で高官大禄にもなれる世を望む。

巻四は誓詞や婚姻から刑罰、学問まで広がる。昌平坂の講釈に旗本は一人も来ないと嘆き、学ぶ者が通いやすいよう儒者を江戸の各所に配せと説く。結びでは、戸籍で万民を住所に落ち着かせること、町人、百姓、武家の別と大名の家に制度を立てること、代価を払って物を買い上げる幕府の仕組みをやめることを挙げ、政務は語るべきでないので弟子にも書かせず、老眼悪筆で自ら書いたと記す。

著者

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