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心

『心理学原理』

しんりがく げんり

近代

ウィリアム・ジェイムズが習慣・意識・感情を論じた近代心理学の基礎文献

哲学

この著作について

ウィリアム・ジェイムズが十二年の歳月をかけて書き上げた全二巻の大著であり、心理学を自然科学の立場から論じ、科学としての心理学の地位を固めた金字塔。

【内容】

意識を静止した像の集合ではなく絶えず流れる連続体として捉える「意識の流れ」、注意・記憶・連合・習慣・感情・意志など、心の諸活動を当時の生理学と進化論の知見を織り込みながら論じる。習慣を扱う章では、神経系の可塑性を、一度折った紙は折りやすくなるといった身近な例で説明し、繰り返しによって行動が自動化される仕組みを丁寧に描いた。感情については「泣くから悲しいのだ」というジェイムズ=ランゲ説が提示される。感情と意志を扱う章は、ともに後半の注目すべき章として知られる。

【影響と意義】

実験心理学を志したジェイムズが、生理学・哲学・内省を架橋する形で書いた点で、後続のプラグマティズム、現象学、認知科学の発展に長大な影を落としている。フッサールやウィトゲンシュタインらが本書の影響を受けており、日本でも夏目漱石が強く引かれた。

【なぜ今読むか】

脳科学が進んだ現在でも、「心とは何か」を当事者の経験から立ち上げ直す本書の語り口は色あせない。自分の注意や習慣を内側から眺める語彙を豊富に与えてくれる。

さらに深く

【内容のあらまし】

『心理学原理』は二巻、千数百ページにおよぶ大著で、二十八章からなる。第一章でジェイムズは心理学を「精神生活の現象とその条件についての科学」と定義する。続く章では脳の解剖、神経系の機能、反射と本能といった生理学的基盤が解説される。ジェイムズの見るところ、心理学を形而上学に踏み込まない自然科学として扱うには、心の現象を脳という物質的基盤と結びつけて論じる必要があった。

序盤に置かれる「習慣」の章は本書の名高い部分である。神経系の可塑性を、流れる水がみずから水路を掘り広げる例になぞらえ、繰り返された行動が脳に通り道を作って自動化されるさまが描かれる。学生は若いうちにできるだけ多くの良い習慣を作り、新しい習慣がしっかり根づくまでは一度の例外も許さないよう注意せよ、という有名な勧めもここで述べられる。第九章「思考の流れ」では、意識を写真のような像の連なりではなく、絶えず流れる川と捉える視点が提示される。意識の流れには飛び移る部分と止まり木のように立ち止まる部分とがあり、そのまわりにはぼんやりした周辺が漂っていて、文学が描く内面と心理学の対象が重なってくる。

続いて自我論が展開される。自我は単一の実体ではなく、物質的自我・社会的自我・精神的自我からなる多層的な構造である。社会的自我は、自分を見る他者の数だけ存在しうる。記憶、注意、連合、識別、概念形成、推論といった章は、当時の実験室の知見と日常経験の観察を組み合わせ、近代心理学の基本概念を整えていく。

本書を象徴するのが、感情と意志の章である。感情についてはジェイムズ=ランゲ説が提示される。熊を見て恐怖が生じるのではなく、熊を見て逃げ、心臓が高鳴り、そのあとで「恐ろしい」という感情が生じる、というのである。意志の章では、ある観念が他の観念によって阻まれずに保持され続けるとき、自然に行為となるという観念運動論が示される。序盤で自動機械説を検討する箇所では、意識は脳の付随現象ではなく、生存に役立つから進化したという視点が示される。脳科学が進んだ現代でも、内側からの経験を真剣に扱う本書の語り口は古びていない。

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