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自由への長い道

じゆうへのながいみち

ネルソン・マンデラ·現代

マンデラが自らの闘いの人生を語った自伝

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自伝

この著作について

南アフリカ共和国初の黒人大統領ネルソン・マンデラが、反アパルトヘイト闘争と二十七年間の投獄を経て民主化に至る生涯を綴った大部の自伝。

【内容】

本書は、トランスカイ地方のテンブ族王家に連なる少年時代、ヨハネスブルクでの弁護士開業と貧困の現場との出会い、アフリカ民族会議(ANC)への参加から始まる。一九五〇年代の非暴力抵抗運動、シャープビル虐殺を経ての地下組織「ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)」の創設と武装路線への転換、リヴォニア裁判での有名な被告人陳述、ロベン島とポルスモア刑務所での長い獄中生活、石灰岩の採石場での労働と学び合い、そして釈放後のデクラーク政権との交渉、全人種参加の総選挙、大統領就任までが一人称の語り口で丁寧に記述される。獄中二十七年のあいだの家族との関係、自己制御の工夫も赤裸々に書かれている。

【影響と意義】

二十世紀後半の人権運動と和解政治の記念碑的文献であり、真実和解委員会を通じた移行期正義のモデルを世界に示した。南アフリカのみならず、アジア・ラテンアメリカ・アフリカの民主化運動に広く影響を与え、映画化もされて多くの読者に届いた。

【なぜ今読むか】

不屈の意志と、敵を赦す覚悟が同居する人間像が伝わる。分断と報復感情が強まる時代に、自由と正義のために闘い、しかも和解を模索することがいかに困難で、なぜ必要かを、生の言葉で教えてくれる書物である。

さらに深く

【内容のあらまし】

物語はテンブ族王家に連なる少年の暮らしから始まる。トランスカイの草原で牛を追いながら、年長者から語り継がれる先祖の話に耳を傾けた幼少期、寄宿学校で英語名「ネルソン」を与えられた日、ヨハネスブルクに出て弁護士事務所で働きながら大学の通信教育を受けた青年期。マンデラはアフリカ民族会議青年同盟を立ち上げ、オリヴァー・タンボやウォルター・シスルとともに非暴力の抗議行動を組織していく。

一九五〇年代半ば、彼は仲間とアフリカ初の黒人法律事務所を開き、人種差別を理由に立ち退きを迫られる依頼人たちと向き合う。シャープビル虐殺で警察が群衆に発砲した一九六〇年を境に、ANCは非合法化され、マンデラは武装組織「ウムコント・ウェ・シズウェ」を立ち上げる。アルジェリアやエチオピアで軍事訓練を受けた経緯、潜伏中に「黒いピンパーネル」と呼ばれた日々が描かれる。

一九六二年に逮捕され、リヴォニア裁判で終身刑を宣告される。法廷での被告人陳述は本書の山場だ。彼は黒人支配でも白人支配でもなく、すべての人が等しく機会を持つ民主社会のために生きてきた、必要なら死ぬ覚悟もあると語って締めくくる。続く中盤はロベン島刑務所での十八年の記録である。石灰岩の採石場での重労働、看守との交渉、独房での読書、密かに回し読みされたシェイクスピア。妻ウィニーや子どもたちと引き離されたまま、囚人たちは互いを大学の教師として鍛え合う。

後半はポルスモア刑務所への移送と秘密交渉の段階である。デクラーク大統領との会見、釈放への各国政府の働きかけ、一九九〇年の解放、そして武装闘争の停止と多人種選挙への合意形成。インカタ自由党との衝突、暗殺されたクリス・ハニ、ANC内部の意見対立など困難な局面を経て、一九九四年に全人種参加の総選挙が行われる。書はマンデラが大統領に就任し、自由への長い道はまだ続くと語って閉じる。

著者

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