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古事記伝

こじきでん

本居宣長《もとおりのりなが》·近代

『古事記』を精密に注釈した国学の集大成

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哲学

この著作について

伊勢松坂の医師・本居宣長《もとおりのりなが》が35年以上をかけて完成させた古事記の全注釈書で、国学の最高峰。

【内容】

全44巻という巨大な注釈書。『古事記』の本文を一字一句丁寧に読み解き、上代日本語の語義、音韻、神話の意味を精密に考証する。宣長は儒教仏教が前提とする合理的思考を「からごころ(中国風の心持ち)」として退け、日本古来の素朴な感受性――源氏物語で彼が取り出した「もののあはれ」の精神――に立ち返ることを説いた。同時代の漢文中心主義のなかで、日本語そのものの構造を丹念に掘り下げた文献学・言語学の仕事としても極めて高い水準を持つ。

【影響と意義】

江戸期における国学を一段と精緻な学問として確立した。近代の国文学・日本思想史研究の基盤となり、明治以降の日本人の自己理解や、小林秀雄『本居宣長』など現代思想にも大きな影響を残している。

【なぜ今読むか】

宣長の執念ともいえる精密な読解は、テキストを丁寧に読むという営みそのものの手本となる。外来の枠組みに頼らず自分の言葉の足場を掘り下げる姿勢は、情報に振り回されがちな現代に深い示唆を与えてくれる。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書は『古事記』全三巻の本文を、上巻から下巻まで一字一句にわたって注釈した44巻の巨大な仕事である。宣長は34歳でこの計画を立て、69歳で擱筆するまで35年を費やした。発端には、若き日に賀茂真淵《かものまぶち》と一夜だけ対面した「松坂の一夜」がある。真淵から万葉集を、そののち『古事記』を、と段階的研究の指針を授かったエピソードは国学史の伝説となっている。

冒頭の「総論」では、なぜ日本書紀ではなく『古事記』なのかが論じられる。書紀は漢文の体裁にあわせて事実を整え、漢意に染まっている。古事記は太安万侶が苦労して上代の言葉そのままを写し取ろうとした書物であり、ここにこそ古い日本人の心が残っている、というのが宣長の核心的判断だ。

本論は神代上巻の冒頭から始まる。たとえば「天地初発之時」をどう訓むかという一句に、複数の写本を並べて校訂し、上代の音韻と用字を引き合わせ、類例を『万葉集』『日本書紀』からも引いて、「アメツチノハジメノトキ」という読みに辿り着く。一つの語の確定にこれほどの労が注がれる。神名「カミ」の語義論は名高い章だ。「尋常ならず、すぐれて可畏き物」を古人はカミと呼んだという定義が示され、必ずしも善神ばかりではないこと、人や鳥獣木草も場合によってはカミとなることが説かれる。

中巻・下巻に進むにつれ、神武から推古に至る天皇の系譜と歌謡が、地名考証や訓点の議論とともに検討される。仏教的・儒教的な解釈装置を用いず、ひたすら古語そのものに即して意味を取り出すという方法が、最後まで一貫する。

結びでは、さかしらな理屈で神話の合理性を弁護しようとせず、ただ伝えられた言葉を素直に受け取れ、と説かれる。「漢意」を退け「やまとごころ」に立ち戻る、という思想的主張が、文献学の精度をもって実演された記念碑的著作である。

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