『エクリ』
ラカン·現代
無意識は言語のように構造化されていると説いた精神分析の革新
この著作について
ジャック・ラカンが1966年に公刊した、構造主義言語学を精神分析に導入してフロイトを読み直した論文集。
【内容】
「フロイトへの回帰」を掲げるラカンが約30年にわたって書き継いだ主要論文群をまとめた大著。中心テーゼは「無意識は言語のように構造化されている」というもので、無意識を生物学的欲動の貯蔵庫ではなく、シニフィアン(意味する側)の連鎖として捉え直す。有名な「鏡像段階論」では、生後6〜18ヶ月の幼児が鏡に映る自分の像を通じて「自我」を形作るが、その像は本質的に他者から借りた仮象にすぎないと論じられる。想像界・象徴界・現実界という三つの位相の区別もここで理論化される。
【影響と意義】
精神分析を構造主義的に刷新し、フランス現代思想の一つの焦点となった。アルチュセール、クリステヴァ、バトラー、ジジェクら多くの思想家の出発点であり、文学批評・映画理論・フェミニズム理論・政治哲学にまで広範な影響を及ぼしている。
【なぜ今読むか】
「鏡像段階」の理論は、SNSで他人の目を通じて自己像を作り続ける現代人のあり方を考えるうえで驚くほど示唆的。難解で知られるが、核になる論文だけでも読む価値がある。
さらに深く
【内容のあらまし】
『エクリ』は約900ページにわたる論文選集で、配列は執筆順ではなく、読者をラカン理論の核へ徐々に導く独自の順番で並べられている。冒頭近くに置かれた「鏡像段階」論文は、生後半年から一歳半ほどの幼児が鏡に映る自分の姿に歓喜する場面から出発する。まだ自分の身体を統一的に動かせない幼児は、鏡のなかの統合された像に「自分」を先取りし、その他者から借りた像を取り込んで自我を形作る。自我とは出発点から疎外されているという衝撃的なテーゼが、ここで提示される。
中盤には「精神分析における言葉と言語の機能と領野」と題された長大な論文が置かれる。フロイトの夢解釈や言い間違いの分析を、ラカンはソシュール言語学とヤコブソンの修辞理論で読み直す。夢の凝縮は隠喩、置き換えは換喩であり、無意識は欲動の貯水池ではなくシニフィアンの連鎖そのものとして働く。「無意識は他者の言説である」「無意識は言語のように構造化されている」という標語が繰り返され、読者は精神分析が言語の科学であるという立場へ導かれる。
さらに進むと、想像界・象徴界・現実界という三つの位相が論じられる。想像界は鏡像が支配する自他融合の領野、象徴界は法と言語が秩序を与える領野、現実界はそのどちらにも回収されない裂け目として登場する。父の名、ファルス、対象aといった概念が、これらの位相を結ぶ位置記号として導入され、エディプス・コンプレックスは生物学的なドラマではなく言語秩序への参入の話として読み替えられる。
後半の論文では、欲望は他者の欲望であり、人間は自分の欲望を満たすことよりも他者に承認されることを欲してしまう、という主張が展開される。難解な比喩と数式に満ちているが、読者は読み進めるうちに、自分のSNS的な振る舞いが鏡像段階の延長線上にあることに気づかされる。
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