『講孟余話』
こうもう よわ
吉田松陰·近代
吉田松陰の儒学講義
この著作について
吉田松陰《よしだしょういん》が黒船密航未遂で萩の野山獄に繋がれていた時期、同囚や帰藩後の門弟に『孟子』を講じた記録を整理した講義録。
【内容】
各章ごとに『孟子』本文をまず掲げ、朱子の注釈との距離を示しつつ、松陰自身が時局に引き付けた解釈を加えていく形式をとる。王道と覇道、易姓革命、「民を貴しとなし、社稷《しゃしょく》これに次ぎ、君を軽しとなす」といった過激な諸章を、松陰は日本の国体論のなかで解き直し、天皇と民とのあいだの直接的関係、誠実な臣下の諫言《かんげん》、不義に抗する勇気を強く説く。同時に、国防と通商、西洋列強との向き合い方、藩と天下の関係といった現実の課題が、孟子の言葉を通じて論じられる。一章ごとに短い「余話」と呼ばれる注釈的感想が付され、孟子の古典を現代の行動倫理に翻訳する息遣いが残されている。
【影響と意義】
本書は松下村塾の教材として、高杉晋作《たかすぎしんさく》・久坂玄瑞《くさかげんずい》・伊藤博文《いとうひろぶみ》・山県有朋《やまがたありとも》ら幕末維新の担い手に読み継がれ、彼らの行動原理の一端を形づくった。儒学の古典を近代日本の政治実践に接続した代表例であり、幕末思想史を理解する上でも重要文献である。
【なぜ今読むか】
危機の時代に古典を再解釈し、自分の生き方を編み直していく松陰の姿そのものが、現代の読者に強い印象を残す。古典とどう対話するかを考えるための、情熱と誠実さに満ちた実例である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は、密航未遂で野山獄に繋がれた松陰が、同囚の罪人たちに『孟子』を講じ、後に帰藩して松下村塾でも続けた講義の記録を整理したものである。冒頭で松陰自身が、自分は注釈の専門家ではなく一介の獄囚にすぎないが、孟子の言葉が今この時代にどう響くかを語りたい、と断っている。学問の権威ではなく、一人の青年が古典に呼びかけるという姿勢が、本書全体の調子を決めている。
各章は『孟子』の本文を掲げ、続いて松陰の解釈と「余話」と呼ばれる感想がつく形をとる。例えば「人皆人に忍びざるの心あり」の章では、井戸に落ちようとする赤子を見れば誰もが手を伸ばす、という孟子の例が引かれる。松陰はそこに、武士の名や家の体面ではなく、人としての自然な憐れみが行動の原点であることを読み取り、現在の幕府や諸藩が形式的な礼ばかりに囚われて民の苦難を忘れていると批判する。
本書の白眉は、王道と覇道、易姓革命を扱う諸章である。「民を貴しとなし、社稷これに次ぎ、君を軽しとなす」という孟子の過激な言葉に、松陰は正面から向き合う。日本の国体は中国とは違い、易姓革命はないと彼は断りつつ、それでも「天皇と民を結ぶ誠の関係を裏切る政治は天意に背く」と読み替える。武家が朝廷を蔑ろにし、民が苦しむままにしておけば、それは姓を易えずとも天命を失う行為だ、というのである。
「至誠にして動かざる者は、未だ之有らざるなり」を扱う章では、松陰の声がさらに直截になる。誠実を尽くせば必ず人は動く、動かないとすれば自分の誠がまだ足りないのだ、と彼は読み解く。これは後に松下村塾の弟子たちが胸に刻む一句となる。
後半に進むに従い、議論は西洋列強への対応、藩政改革、士分の心構えに及び、孟子の言葉が幕末日本の地図と重ね合わされていく。本書は古典の解説書というより、危機の時代に古典が一人の人間の血肉になっていく現場の記録である。
著者
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