1万円を2人で分けます。あなたが分け方を決め、相手は受けるか断るかだけを選べます。断られた場合、2人とも1円も受け取れません。相手とは今日かぎりで、二度と会いません。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
1万円を2人で分けます。あなたが分け方を決め、相手は受けるか断るかだけを選べます。断られた場合、2人とも1円も受け取れません。相手とは今日かぎりで、二度と会いません。
いくら渡しますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
理屈どおりにならないことが分かりました
経済学の教科書どおりに考えると、答えは簡単です。相手にとって100円は0円より得なので、受けるはずです。 だから100円渡せばいい。
1982年から世界中で実験が行われ、この予測は外れました。
実際には、渡す側の多くが4割前後を提示します。そして2割を下回ると、受け取る側の半分ほどが断ります。 断れば自分も0円になるのに、です。
つまり人は、損をしてでも不公平を拒否します。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
自分の得で決める。100円。相手にとっては0円より得なので、受けるはずだ。理屈としては正しく、実際には失敗します。 この落差が、この実験の発見でした。
相手の出方を読む。3000円。断られれば自分も0円なので、断られない線まで下げる。相手が理屈だけで動かないことを織り込んだ計算です。実験の結果に近い行動になります。
等しく分ける。5000円。今日かぎりでも、半分にするのが筋だ。損得の外に基準を置く立場です。ロールズは、分配の正しさを当事者の力関係から切り離して考えようとしました。
立場で決める。この分け方を自分が決める立場にあるとは思えない。そもそも決定権が自分にあることを疑う答えです。
「損してでも拒否する」は、非合理でしょうか
これを人間の不合理さの例として紹介する本が多いのですが、別の読み方があります。
一度きりだと言われても、人は関係を一度きりとして扱いません。不公平を受け入れる人だと知られたら、次から不利になります。 断ることは、その評判を守る投資かもしれない。
実際、繰り返し行うと断る率は変わります。一度きりという設定のほうが、人間にとって不自然なのです。
そして文化差もあります。ある社会では半分以上を提示するのが普通で、別の社会では2割でも受け入れられる。公平の感覚は、生まれつきだけで決まるのではなく、そこで暮らしてきた形に大きく左右されます。 ただし、どの社会でも損得だけで動くという予測どおりにはなりません。ばらついたのは、公平さの中身のほうです。
いま、この問いが出てくる場所
給与交渉、下請け価格、プラットフォームの手数料。片方が条件を決め、もう片方は受けるか降りるかしかない構造は、いたるところにあります。
このゲームが教えるのは、強い側にとっても搾りすぎは損だということです。理屈上は通る条件でも、人は断ります。断られれば取引そのものが消えます。
100円で済むはずなのに4000円払うのは、優しさではなく、そうしないと成立しないからです。
断る力があるかどうかで、話が変わります
このゲームで受け取る側が強いのは、断れるからです。断る権利が、渡す額を4割まで押し上げています。
では、断れなかったらどうなるか。それを調べたのが、次の独裁者ゲームです。相手から拒否権を取り上げて、同じ人に同じ額を分けさせます。
同じ人間が、相手の拒否権の有無だけで、違う額を出す。 公平さは人の内側から自動的に出てくるものではなく、相手が持っている力に応じて出たり引っ込んだりしています。
だとすれば、公平な結果がほしいときに整えるべきは、心構えではありません。弱い側に断る力を残しておくことのほうが、はるかに効きます。