双子の片方がロケットで高速の旅に出て、地球に戻ります。運動している側の時間はゆっくり進むので、戻った本人は、地球に残った側より年を取っていません。
ところが相手から見れば地球のほうが動いているはずで、逆になるようにも思えます。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
双子の片方がロケットで高速で旅に出て、地球に戻ります。運動している側の時間はゆっくり進むので、戻った本人は年を取っていません。ところが相手から見れば地球のほうが動いているはずで、逆になるようにも思えます。
年を取っていないのは、どちらですか。
この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。
答えは出ています
この問いは、物理学としては決着しています。
答えは、旅に出たほうが年の取り方が少ないです。
理由は、二人の立場が対等でないことにあります。地球に残った側は、ずっと同じ運動状態にいました。旅に出た側は、加速し、向きを変え、減速しています。
相対性理論が「どちらから見ても同じ」と言うのは、加速していない者どうしについてです。向きを変えた時点で、旅人のほうは対等な立場から外れます。
パラドックスは、この非対称を見落としたときにだけ生じます。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
計算で確かめる。この二人の立場は対等でないと分かる。正解です。片方だけが向きを変えた以上、二人を入れ替えても同じ話にはなりません。
筋道に従う。どちらが動いているかは、見る場所で変わるはずだ。もっともらしい間違いで、この誤解がパラドックスを生みます。
手がかりで決める。実際に測った実験があり、結果が出ている。その通りです。 1971年に原子時計を旅客機に乗せて世界一周させ、地上の時計との差が理論通りに出ました。人工衛星の時計も、この効果を補正しなければ位置がずれます。
分けない。時計に差が出たことは認める。ただしそれは、生きられた時間の差ではない。ベルクソンが取った立場です。時計が測っているのは、時間を空間のように並べ直したものです。並べ直せば長さは比べられますが、比べられたのは流れそのものではない、という見方になります。
アインシュタインとベルクソンの論争
1922年、パリで二人が直接議論しました。当時、ベルクソンはヨーロッパで最も有名な哲学者の一人でした。
ベルクソンの主張は、物理学の時間は、生きられる時間ではないというものでした。時計が測るのは、時間を空間的に並べたものにすぎない。本当の時間は分割できない流れである。
アインシュタインの返答は短いものでした。哲学者の時間などというものは存在しない。
この論争は、ベルクソンの敗北として語られてきました。彼が相対性理論を誤解していた部分があったのは確かです。
ただし近年、再評価も進んでいます。測れる時間と生きられる時間は同じかという彼の問いは、物理学が答えたわけではないからです。
答えが出ても、間違え方には意味がある
この問いには答えがあります。それでも載せる価値があるのは、間違え方に意味があるからです。
「どちらから見ても同じはず」という直観は、相対性理論を半分だけ理解したときに必ず出ます。 対称性を過剰に適用してしまう。
正しく理解した人ほど、この間違いを一度は通ります。 何も知らない人は、この間違いすらできません。
いま、この問いが出てくる場所
位置測位の衛星は、この効果を補正しています。補正しなければ、一日で10キロほどずれます。 ただしこのずれの大半は、運動ではなく重力による分です。衛星は両方をまとめて補正しています。
思考実験だったものが、いまは日常のインフラの中で毎秒計算されています。追いつけないはずのアキレスが亀に追いつくのと同じで、答えが出たあとも問いの価値は残りました。