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規則に従うとはどういうことか:1000までは正しく、その次から違うなら

これまでの例だけでは、規則は一つに決まらない。それでも私たちは、同じ続け方が分かる。なぜ分かるのか。

2ずつ足していってください、と教わり、1000まで正しく続けました。 ところが1000の次に1004、1008、1012と書きます。

本人は言います。私はずっと同じ規則に従っている。 1000までは2ずつ、そこからは4ずつ、という規則に従っていたのだ、と。

まずは選んでみてください。

まず、選んでみる

2ずつ足していってください、と教わり、1000まで正しく続けました。ところが1000の次に1004、1008、1012と書きます。私はずっと同じ規則に従っていると本人は言います。1000までは2ずつ、そこからは4ずつ、という規則に従っていたのだ、と。

その人は、規則を間違えていますか。

この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。

この問いを立てた人

ウィトゲンシュタインが、死後に出版された著作で論じました。規則のパラドックスと呼ばれます。

彼の指摘はこうです。これまでに示された例は、有限個しかありません。 その有限個と一致する規則は、無数に作れます。

2ずつ足す、という規則も、1000までは2ずつでそこから4ずつという規則も、これまでの例をすべて満たします。

どちらに従っていたかを決める事実が、これまでの中には無い。

4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている

まわりが認めるかで決める。誰が見ても、2ずつが正しい続け方だ。実際にはこれで済んでいます。 そして、なぜ済んでいるのかがこの問いの中身です。

筋道に従う。これまでの例だけでは規則は一つに決まらない。論理としてはそのとおりで、否定できません。

言葉の問題とみる。同じという言葉の使い方が、そこからずれている。ウィトゲンシュタイン本人の方向です。ずれているかどうかは、頭の中を覗いて決まるのではなく、周りと同じ使い方ができているかで決まる。規則を理解しているとは、その使い方に参加できていることだ、と考えます。

定義を疑う。規則に従うとは何かが、まだはっきりしない。問いそのものを指しています。頭の中に規則を持っていることなのか、それとも周りと同じように続けられることなのか。どちらを取るかで、この人が間違えているかどうかも変わります。

クリプキの読み方

哲学者ソール・クリプキは1982年、この議論を懐疑論として読み直しました。

彼の整理はこうです。あなたが過去に何の規則に従っていたかを決める事実は、どこにもない。 頭の中を探しても、行動の記録を見ても、決め手が出てこない。

だとすれば、あなたが2ずつ足していたという事実すら無かったことになります。

この読み方は激しい反発を招き、クリプキンシュタインという揶揄まで生まれました。ウィトゲンシュタイン本人はそこまで言っていない、と。

ウィトゲンシュタイン自身の答え

彼が示したのは、規則に従うことは、解釈ではなく実践であるという方向でした。

規則を理解するとは、頭の中に何かを持つことではありません。その規則を使った実践に、他の人と一緒に参加できることです。

だから、なぜ2ずつが正しいのか。私たちがそう訓練され、そう使い、それで生活が回っているからです。それ以上の根拠は無いし、要らない。

根拠を掘り下げていくと、いつか岩盤に当たる。 そこで鋤が曲がる、と彼は書いています。

いま、この問いが出てくる場所

例から規則を学ぶ仕組みには、この問題がそのまま出ます。AIが大量の例から規則を身につけるやり方が、まさにこれです。与えられた例に合う規則は、いつも複数あります。

どれを選ぶかは、例の中には書かれていません。AIの側がもともと持っている偏りが決めています。

思わぬ場面で予想外の答えが出るのは、私たちが期待していたのとは別の規則を、AIの側が取っていたからです。ウィトゲンシュタインの問いは、そこを正確に言い当てています。

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