いまこの瞬間の、すべての粒子の位置と速度を知っている存在がいるとします。
物理法則を完全に使えるなら、その存在には未来のすべてが計算できます。明日あなたが何を言うかも含めて。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
いまこの瞬間の、すべての粒子の位置と速度を知っている存在がいるとします。物理法則を完全に使えるなら、その存在には未来のすべてが計算できます。明日あなたが何を言うかも含めて。
未来は、すでに決まっていますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
この存在を想定した人
19世紀初頭、数学者ピエール=シモン・ラプラスが書きました。悪魔と呼んだのは後の人で、彼自身は「知性」と表現しています。
ニュートン力学が圧倒的な成功を収めた時代です。天体の運行が数式で予測でき、日食の時刻が事前に分かる。 その延長に、この想定があります。
ラプラスは、これを恐ろしい話として書いたのではありません。科学がどこまで届きうるかを示す、明るい表現でした。
ナポレオンに天体力学の本を献呈したとき、神について書かれていないと問われ、その仮説を必要としませんでしたと答えたという逸話が残っています。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
筋道に従う。法則に従うなら、そう考えるしかない。古典的な決定論です。スピノザも、すべては必然によって定まっていると考えました。
手がかりで決める。すべてを知ることが原理的にできない以上、前提が成り立たない。量子力学以降の反論です。位置と速度を同時に完全には決められないことが知られています。
暮らしで決める。計算できない以上、私たちは選ぶしかない。実務的な答えで、決まっていようがいまいが、私たちのやることは変わりません。
人の側の限界とする。因果の外に出て確かめられない。カントの立場に近いところです。決まっているかどうかを確かめるには、因果の連鎖の外に立って世界を眺めるしかありません。私たちはその中にいるので、そこには立てない。
量子力学は、悪魔を殺したのか
よく「量子力学が決定論を否定した」と言われますが、話はもう少し込み入っています。
不確定性原理は、位置と運動量を同時に精密に知ることを禁じます。ラプラスの悪魔の前提が崩れるのは確かです。
ですが、偶然が入っても自由になるわけではありません。 サイコロで決まる行動は、決められた行動と同じくらい、あなたのものではない。
決定論を壊しても、自由意志が救われるとは限らない。 ここが多くの議論のつまずきどころです。
カオスという、別の限界
もう一つ、計算できないという限界があります。
決定論的な仕組みでも、初期値のごくわずかな違いが、時間とともに巨大な差になることがあります。天気予報が数週間先まで当たらないのは、この性質のためです。
法則は決まっている。それでも予測できない。
ラプラスの悪魔には、無限の精度が必要です。そして無限の精度は、原理的にも実際的にも手に入りません。
いま、この問いが出てくる場所
大量のデータから行動を予測する仕組みは、悪魔の縮小版です。完全ではないが、かなり当たる。
そして精度が上がるほど、奇妙なことが起きます。予測されていると知った人は、行動を変える。 予測が予測対象を変えてしまいます。
悪魔が観測される側に影響を与えないという前提も、実は成り立ちません。知られた予測は、もう予測ではない。