腹を空かせたロバの左右に、まったく同じ干し草の山が、まったく同じ距離に置かれています。
どちらを選ぶ理由も、一分の差もありません。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
腹を空かせたロバの左右に、まったく同じ干し草の山が、まったく同じ距離に置かれています。どちらを選ぶ理由も、一分の差もありません。
ロバは、どうなりますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
名前の由来は、たぶん皮肉です
14世紀の哲学者ジャン・ビュリダンの名が付いていますが、彼自身がこの例を書いた記録はありません。
ビュリダンは、意志は理性が示すよりよい選択肢に従う、と考えました。では理性が優劣を示せないときはどうなるのか。 彼は、判断を保留して待てばよいと答えています。
餓死するロバの話は、この立場をからかうために反対派が作ったと考えられています。名前だけが残りました。
似た議論は古代からあり、アリストテレスは、同じだけ飢えて同じだけ渇いている人が食べ物と飲み物の中間にいる例を挙げています。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
本人が決める。理由がなくても、選ぶことはできる。意志は理性から独立しているという立場です。理由なき選択を認めるかどうかが、ここでの分かれ目になります。
筋道に従う。選ぶ理由がないなら、動く理由もない。十分な理由がなければ何も起こらないという原則を、そのまま貫いた答えです。
手がかりで決める。完全に同じ条件など、現実にはありえない。ライプニッツの答えです。彼はその十分な理由の原則を掲げた当人ですが、だからこそ、完全に釣り合った二つの選択肢は世界に存在しえないと考えました。分子一つ違えば、脳の状態も違います。
暮らしで決める。理由を探すこと自体が、この場面には要らない。プラグマティックな答えで、迷ったらどちらでもよい、が正解になります。
ライプニッツの答えが面白い
ライプニッツは充足理由律を重んじました。すべての出来事には、そうである理由がある。
この原則からすると、ビュリダンのロバは深刻です。理由が無ければ、ロバは動けないはずだからです。
彼の答えは、そんな状況は存在しないというものでした。世界に完全に同じ二つのものは無い。区別できないものは、同一のものである。
不可識別者同一の原理と呼ばれます。ロバの問題を、状況の存在を否定することで消しました。
選べないことは、実際に起きます
理屈の上ではロバは餓死しませんが、決められないという状態は現実にあります。
選択肢が多すぎて選べない。どちらも同じくらい良く見えて決まらない。決断疲れという言葉があるように、選ぶこと自体に負荷があります。
このとき役に立つのは、より良く考えることではありません。コインを投げる、期限を決める、先に一つを外す。 理由を探すのをやめる手続きのほうが効きます。
サルトルなら、自由の証拠と読む
サルトルなら、この話を別の角度から読むでしょう。理由が無くても選べるということが、自由の証拠だと。
理由に従うだけなら、それは計算です。理由が尽きたところで、それでも選ぶ。 そこにしか自由は現れない、という読み方もできます。
ロバの話は、決定論の問題であると同時に、選ぶとは何かという問いでもあります。