すべてのカラスは黒い、という主張を確かめたいとします。
この主張は、黒くないものはカラスでないと言い換えられます。論理的にまったく同じ内容です。
すると、黒くない赤いリンゴを一つ見つけるたびに、主張が少し確かになるはずです。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
すべてのカラスは黒い、という主張を確かめたいとします。この主張は、黒くないものはカラスでない、と言い換えられます。すると、黒くない赤いリンゴを一つ見つけるたびに、主張が少し確かになるはずです。
赤いリンゴは、カラスの色の証拠になりますか。
この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。
この問いを作った人
科学哲学者カール・ヘンペルが1945年に出しました。確証のパラドックスと呼ばれます。
論の運びに、隙が見当たりません。
一つ、黒いカラスを見れば、すべてのカラスは黒いという主張が少し確かになる。 これは認めるでしょう。
二つ、論理的に同じ内容の主張は、同じもので確かになる。 これも認めざるを得ません。
三つ、黒くないものはカラスでない、を確かめるには、黒くないものを調べてカラスでないことを見ればよい。
赤いリンゴは、黒くなく、カラスでない。 だから証拠になります。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
計算で確かめる。ごくわずかだが、確かに証拠として効いている。ベイズ的な答えです。世界にカラスは少なく、黒くないものは膨大にある。だからリンゴ一つの効果は、天文学的に小さいが、ゼロではない。
経験を信じる。証拠になるという結論が変なら、推論のどこかがおかしい。直観を優先する立場です。強いのは、変だという感覚が動かないこと。弱いのは、三つの前提のどれが悪いのかを最後まで名指せないことです。
筋道に従う。論理としては同じことを言っているのだから、認めるしかない。ヘンペル自身の立場に近いです。彼は、この結論は変に見えるが受け入れるべきだと考えました。
定義を疑う。確かめるとはどういうことかが、まだ定まっていない。問いの中心を指しています。 何かが証拠になるとはどういうことかを決めないまま、証拠になるかどうかを論じてきました。そこを決めれば、赤いリンゴの扱いも自動的に決まります。
いちばん有力な答え
現在よく採られるのは、ベイズによる説明です。
証拠の強さは、その観察がどれだけ意外だったかで決まります。
カラスを一羽選んで黒かった。カラスは世界に少ないので、この観察の情報量は大きい。
黒くないものを一つ選んだらリンゴだった。黒くないものは無数にあるので、その一つがカラスでなくても、ほとんど何も分かりません。
両方とも証拠です。ただし桁違いに弱い。 直観が「証拠にならない」と言うのは、「弱すぎて無視できる」を言い間違えているだけだ、という説明になります。
ヒュームの問題につながっています
この問いの背景には、帰納の問題があります。
いくつかの例から一般法則を導くことは、論理的には正当化できません。明日も太陽が昇る保証は、これまで昇ったことからは出てきません。 ヒュームがこれを指摘しました。
ポパーは、この難問を回避するために別の道を取りました。理論は確証できない。反証できるだけだ。
黒くないカラスを一羽見つければ、主張は倒れます。 ポパーの見方では、科学が積み上げるのは確証ではなく、反証に耐えた記録です。
いま、この問いが出てくる場所
大量のデータから傾向を読む場面では、何が証拠になるかの判断が結果を左右します。
無関係に見えるデータも、論理的には証拠になりえます。ただし弱い。 どれだけ弱いかを見積もれないと、ノイズを積み上げて確信を作ってしまいます。
ヘンペルの問いは、証拠の強弱を測る道具を要求しています。