身につけると姿が消える指輪を手に入れました。何をしても誰にも見られず、誰にも知られません。罰も、噂も、記録も残りません。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
身につけると姿が消える指輪を手に入れました。何をしても誰にも見られず、誰にも知られません。罰も、噂も、記録も残りません。
あなたは、いままでどおりに暮らしますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
この問いを作った人
プラトンが『国家』の中で、グラウコンという人物に語らせています。
グラウコンの主張はこうです。正しくふるまうのは、正しさが良いものだからではない。 不正がばれたときの損が大きいから、しかたなく正しくしているだけだ。
その証拠に、指輪を手に入れたら、正しい人も不正な人も同じようにふるまうだろう。なら、正しさとは外側からの強制にすぎない。
これは挑戦状です。ソクラテスに向かって、正しさそのものが良いものだと証明してみせろと迫っています。『国家』の残り全部が、この問いへの応答として書かれました。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
人柄で決まる。日ごろの積み重ねは、見られているかどうかで変わらない。アリストテレスの徳倫理に近い立場です。徳は習慣であって、監視への反応ではない。
自分の得で決める。罰が無いなら、我慢する理由がなくなる。グラウコンの見立てです。そしてホッブズも、これに近い人間観から出発しました。
どこかで線を引く。人に害が及ばない範囲でだけ使う。現実的な答えで、多くの人が実際にやっていることでもあります。小さな不正はするが、大きな不正はしない。
状況で決まる。指輪を捨てる。持っていること自体が、いずれ自分を変える。自分の弱さを勘定に入れた答えで、これはこれで一つの知恵です。
ソクラテスの答え
プラトンの応答は、驚くほど遠回りです。
彼はまず、正しさとは何かを、個人ではなく国家のかたちで描きます。 理性と気概と欲望がそれぞれの役割を果たし、調和している状態。そしてその構造を、そのまま人の魂に当てはめました。
不正な人は、外から罰を受けなくても、すでに罰を受けている。 魂の中で欲望が理性を支配し、内側がばらばらになっているからだ、と。
つまり、指輪を使う人は得をしているのではなく、自分を壊している。これがソクラテスの答えでした。
この答えは、納得できるでしょうか
多くの読者が、ここで足を止めます。魂が調和しているかどうかは、外から測れません。 不正で栄えて満足そうに見える人に、あなたは実は不幸だと言っても届きません。
ですが、別の読み方もできます。正しさを損得で説明しようとするかぎり、指輪の前では必ず負ける。 だからプラトンは、損得とは別の言葉で答えるしかなかった。
問いの立て方そのものを変えたのが、彼の応答です。
いま、この問いが出てくる場所
匿名の場では、記録も罰も薄くなります。指輪をはめた状態に近づく。
匿名だとふるまいが変わるという見方は根強くあります。ただし実名制にしてもあまり変わらなかったという検証もあり、グラウコンの見立てがどこまで当たっているかは、まだ決まっていません。
それでも変わらない人がいる。 その差がどこから来るのかという問いは、2400年たっても開いたままです。