手前の箱には1万円が入っています。奥の箱には、あなたが奥だけを取ると進行役が事前に見込んだ場合に10万円、両方取ると見込んだ場合は0円が入っています。
中身は始まる前に入れ終わっています。 そして進行役は、これまで300人のうち290人の選択を当てています。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
研修で机の上に箱が2つ置かれる。手前の箱には1万円が入っている。奥の箱には、その人が奥だけを取ると進行役が事前に見込んだ場合に10万円、両方取ると見込んだ場合は0円が入っている。中身は始まる前に入れられ、そのあとは動かされない。進行役の見込みは、これまで300人のうち290人で当たっている。
どちらを取りますか。
正解はありません。選ぶと、その答えがどの前提に乗っているかが出ます。
この問いを広めた人
物理学者ウィリアム・ニューカムが考え、ロバート・ノージックが1969年の論文で広めました。
ノージックはこう書いています。この問題を出すと、ほとんどの人が自分の答えは明白だと言う。そして、反対の答えを選ぶ人がなぜそんな愚かなことを言うのか理解できないと言う。
意見が真っ二つに割れ、しかもどちらも自分が正しいと確信している。 これがこの問題の特徴です。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
自分の得で決める。中身はもう決まって動かない以上、手前の1万円を捨てる理由がない。因果的決定理論の答えです。いまの選択が過去の中身を変えることはできません。両方取れば、必ず1万円多くなります。
相手の出方を読む。300人中290人を当てる相手なら、両方取ると決めた時点で奥は空だ。証拠的決定理論の答えです。あなたの選択は中身を変えませんが、中身が何かの証拠にはなります。
決め方をそろえる。その場で有利なほうに選び直さず、先に決めた取り方を通す。方針として固定するという第三の道です。
決めない。何をもとに見込んだのかが分からない。予測の仕組みが分からなければ判断できないという、実務的にはもっともな態度です。
二つの合理性が、ぶつかっています
この問題が解けないのは、合理的とは何かに二つの理解があるからです。
行為が結果を引き起こすかで考えるなら、両方取るのが正解です。取る行為は中身に影響しません。
行為が結果と結びついているかで考えるなら、奥だけ取るのが正解です。奥だけ取る人は、実際に10万円を得ています。
どちらも合理性の定義として自然で、しかも答えが逆になります。
精度を上げても、決着しません
進行役が100%当てるなら、話は片付くように見えます。奥だけ取る人は必ず10万円を得て、両方取る人は必ず1万円しか得ない。 事実がそうなら、それに従うのが賢い、と。
予測が当てずっぽうなら、両方取るのが明らかに得です。
ですが、予測が完璧でも対立は消えません。 むしろそこが議論の本丸です。必ず10万円もらえるほうを取れ、という側と、中身がもう動かない以上、手前の1万円を捨てる理由はない、という側が、そのまま譲りません。300人中290人という数字は、話を具体的にするための設定にすぎません。
いま、この問いが出てくる場所
行動が予測されている状況は、いま珍しくありません。購買履歴から次の行動が推定され、それを前提に条件が提示される。
そのとき、あなたの選択は結果を変えていません。すでに設定は決まっています。 それでも、選ぶ人の型によって受け取るものが変わる。
ニューカムの問題は、予測される側になったときの合理性の話です。 予測が精密になるほど、この問いは机上の話ではなくなります。