宇宙が十分に長く続くなら、原子がでたらめに動くうちに、偶然あなたの脳とまったく同じ配置ができあがることがあります。
その脳は一瞬だけ存在し、いまのあなたと同じ記憶と感覚を持ち、すぐに崩れます。そして計算上、そうした脳のほうが、進化して生まれた脳より圧倒的に多くなります。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
宇宙が十分に長く続くなら、原子がでたらめに動くうちに、偶然あなたの脳とまったく同じ配置ができあがることがあります。その脳は一瞬だけ存在し、いまのあなたと同じ記憶と感覚を持ち、すぐに崩れます。計算上、そうした脳のほうが、進化して生まれた脳より圧倒的に多くなります。
あなたは、どちらである可能性が高いですか。
この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。
名前が付いているだけで、本人の説ではありません
19世紀の物理学者ルートヴィヒ・ボルツマンの名前が付いていますが、本人が言い出したわけではありません。彼の統計力学から出てくる帰結を、後の人がこう呼びました。
理屈はこうです。乱雑な状態から、たまたま秩序ができることはあります。 確率は極端に低いのですが、時間が無限にあればいつかは起きる。そして、いま私たちが見ているような広大で整った宇宙が偶然できる確率より、脳ひとつが偶然できる確率のほうがはるかに高い。 必要な材料が少ないからです。
つまり、偶然できた観測者のほうが多数派になります。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
手がかりで決める。数の計算だけで、目の前の世界は覆らない。記憶は互いに整合し、他人の話とも合い、物理法則は毎回同じように働く。一瞬でできた脳には、そこまでの整合を期待する理由がありません。
筋道に従う。偶然できた一瞬の脳だ。計算がそう言うなら、受け入れがたくても数に従う。いちばん素直な答えで、いちばん多くの人がつまずく場所でもあります。 数え上げそのものは正しいので、この結論を退けるには、前提のどこかを疑うしかありません。
暮らしで決める。一瞬の脳でも、いまこう考えていることは変わらない。次の瞬間に消えるとしても、いまの思考の中身は変わらない。 だから区別に意味は無い、とする立場です。
疑いきる。この結論が出る理論のほうが、たぶん間違っている。これが物理学者の多くが取っている態度です。 議論は「だから我々は偶然の脳かもしれない」ではなく、「そういう結論を出す宇宙モデルは棄却すべきだ」という向きに使われています。
使い方が逆になった思考実験
ボルツマン脳が面白いのは、懐疑論としてではなく、道具として使われているところです。
ある宇宙のモデルを立てたとき、そのモデルが「偶然の脳のほうが多い」と予測するなら、そのモデルは自分の観測を説明できていません。自分がいま整合的な世界を見ているという事実と矛盾する。 だからそのモデルは捨てられます。
これは背理法です。受け入れがたい結論が出たら、前提のどれかが間違っている。追いつけないはずのアキレスが亀に追いつくのと同じ構造を、物理学が実務で使っているわけです。
いま、この問いが出てくる場所
宇宙が加速膨張していることが分かってから、この議論の重みが増しました。加速膨張が永遠に続くモデルでは、時間が無限にあるため偶然の脳が無限に生まれます。
モデルが自分自身を信用できなくする。 その線を越えないことが、宇宙論のモデルに課される条件のひとつになりました。
思考実験が、実際に理論を選別する道具になっている例です。