働く意味がわからない
はたらく いみが わからない
なぜ働くのかという根本的な問いに直面している
この悩みについて
月曜日の朝、目覚ましが鳴るたびに「なんのために働いているんだろう」と思う。生活のため?でもそれだけで人生の大半を費やすのは虚しくないだろうか。こうした問いを抱える人は少なくありません。
「好きなことを仕事に」という風潮が、働くことに意味を見出せない自分をさらに追い詰めることもありますよね。
【哲学はこの悩みをどう見るか】
フランクルは『夜と霧』で、人間は意味への意志によって生きると論じました。労働の虚しさは、意味を仕事の中だけに求めることから生じることがあるという見方です。
カミュは『シーシュポスの神話』で、岩を山頂に運んでは落とされる永遠の繰り返しの中にも、幸福を見出すことができると述べました。意味がないように見える営みの中にこそ、人間の尊厳がある可能性を示しています。
アーレントは『人間の条件』で、「労働(labor)」と「仕事(work)」と「活動(action)」を区別し、本当に人間的なのは他者と関わる「活動」であると論じました。
【ヒント】
「働く意味」を一つの大きな答えとして見つけようとすると苦しくなるかもしれません。日々の仕事の中にある小さな手応えや、誰かの役に立っている瞬間に目を向けてみることで、意味は少しずつ見えてくるかもしれません。
さらに深く
【実践に使えるアプローチ】
■ 「働く意味」を仕事の外にも持つことを許す
フランクルは『夜と霧』で、意味は「創ること」「体験すること」「苦しみへの態度を選ぶこと」の三つの形で現れると述べました。意味は仕事の中だけで見つかるとは限りません。仕事以外の時間に「没頭できること」「誰かの役に立てること」があるなら、それもあなたの意味の源泉です。「働く意味」を仕事の内側だけに求めず、生活全体の中で考えてみると、少し息がしやすくなるかもしれません。仕事は生活の基盤を支える手段、他の場所で意味を育てる、という役割分担も十分に現実的な答えです。
■ 「意味を感じた瞬間」を振り返る
カミュは『シーシュポスの神話』で、意味がないように見えるシーシュポスの繰り返しの中にも幸福を見出せると書きました。今の仕事の中で「あ、これは悪くない」と思った瞬間はありましたか。同僚に感謝された、一つの作業がうまくいった、少し工夫できた、顧客の役に立てた。そうした小さな瞬間を意識的に記録していくことで、漠然とした虚しさに対抗する手がかりが生まれてきます。
■ アーレントの3区分で自分の仕事を位置づける
アーレントは『人間の条件』で、人間の営みを「労働(生存のため)」「仕事(世界に残るものを作る)」「活動(他者との間で新しいものを生み出す)」に分けました。今の仕事のどの要素が強く、どの要素が足りないかを見てみると、足りない部分を補う工夫が見えてきます。労働的な業務が多いなら、職場の同僚との対話や改善提案を通じて「活動」の要素を加える、プロジェクトの企画に関わって「仕事」の要素を増やす。意味は与えられるのを待つのではなく、自分で織り込むものでもあります。
【さらに学ぶために】
『夜と霧』は極限状態でも意味を見出せることを実体験から語ったフランクルの20世紀の名著です。『シーシュポスの神話』は意味のない繰り返しの中に人間の尊厳を見出すカミュの哲学エッセイで、働く意味を問い直す古典的な伴走者になります。





