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信

『信ずる意志』

しんずるいし

近代

証拠なき信念にも決断する権利を擁護したジェイムズの宗教哲学的講演集。

哲学

この著作について

ウィリアム・ジェイムズが1897年に原書を刊行した講演・論文集。表題作『信ずる意志』は1896年にエール大学とブラウン大学の哲学クラブで行われた講演に基づく。邦訳は福鎌達夫訳で1961年に日本教文社『W・ジェイムズ著作集』第2巻として刊行された。

【内容】

表題作はクリフォードの「十分な証拠なしに何ごとかを信ずるのは、いつでも、どこでも、誰にとっても不道徳である」という厳格な認識倫理に対する応答である。生死に関わる選択や宗教的信仰のように、選択肢が「生きており、強制的で、重大な」ものでありかつ証拠だけでは決着しえない場面では、信じることを選ぶ権利が認められると論じた。他に「合理性の感情」「人生は生きるに値するか」など多様な問いを扱う論考を収める。

【影響と意義】

科学的合理主義と宗教的信仰の対立を、決断する者の実存的状況から捉え直した点で、後の実存主義や宗教哲学に強い影響を与えた。プラグマティズムの倫理的・宗教的射程を示す重要文献として参照されている。

【なぜ今読むか】

確信の根拠が常に十分には与えられない現代の選択状況に、なお実践的示唆を持つ。

どの訳で読むか

本書の論考を序文からまとめて読むなら、序と8章を収める福鎌訳になる。紙のオンデマンド版のほか、2024年からは電子書籍版もある。表題作を、パースやデューイの論文と並べて読みたいなら植木編訳の論集があり、「道徳哲学者と道徳的生活」もこちらで読める。植木訳を探すときは、論文の題ではなく収録先の本の題で探すとよい。

  • 福鎌達夫訳日本教文社・W・ジェイムズ著作集2、2015年デジタル・オンデマンド版(初版は1961年)

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    1961年6月に著作集の第2巻として出た訳を、2015年4月にオンデマンド版にしたもの。A5判で元の本よりひと回り大きく、文字も少し大きい。392頁で、シリーズの初版のときの月報を巻末に含む。2024年5月には、月報を含まない電子書籍版も出た。版元のサイトの目次は、序と、第一章「信ずる意志」から第八章「個人の重要性」までの8章に、訳註、訳者あとがき、索引を挙げる。版元の紹介文は10篇の論集としているが、目次に挙がるのは8章で、原書の最後の2篇(ヘーゲル論と心霊研究論)は見えない。

  • 植木豊編訳作品社、2014年(プラグマティズム古典集成所収)

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    パース、ジェイムズ、デューイの論文を集めた論集で、版元は最重要論文をまとめ、詳細な解説を付した日本で初の基本論文集と紹介している。本書からは表題作と「道徳哲学者と道徳的生活」の2篇を収める。巻末には編訳者の解題のほか、掲載論文の出典と先行翻訳の一覧、文献案内が付く。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書はパースへの献辞と序文に続いて、10篇の講演と論文を収める。序文でジェイムズは、自分の立場に短い名を付けるなら根本的経験論だという。最初の4篇は主に宗教的信仰の擁護で、理屈を重んじる読者には職業上の立場の悲しい誤用に見えるだろうと認める。救世軍のような雑多な聴衆に向けてなら、信じる自由を説くのは機会の誤用になる。だが科学をすでに与えられた大学の聴き手には別の必要があるという。

表題の講演は、信仰による義認の説教めいたもの、いや信仰を正当化する論文として始まる。仮説には生きたものと死んだものがあり、マフディーを信じよと言われても聴き手には死んだ仮説である。二つの仮説のあいだの決断を選択肢と呼び、生きていて、強制的で、重大な選択肢を真正な選択肢とする。ナンセンの北極探検への誘いは、二度とない機会なので重大である。パスカルの賭けも、ミサや聖水を信じる素地のない者には生きた選択肢にならない。クリフォードは証拠不十分な信念をいつでも、どこでも、誰にとっても不道徳だと書いたが、ジェイムズは真理を信じよと誤りを避けよを別の法則とし、その勧めを、傷を恐れて兵士を戦いから遠ざける将軍の言葉に重ねる。

主張の核はこうである。真正な選択肢が知性だけでは決着しえないとき、情意の本性は決めてよいし、決めざるをえない。保留を勧めることも一つの情意による決定で、真理を失う危険を同じく負う。宗教は重大であり、疑って待てば、宗教が真ならその利益を逃すので、強制的でもある。ただしこの自由が及ぶのは、個人の知性では解決できない生きた選択肢に限る。相手が自分を好くかどうかは、こちらが歩み寄るかで決まる。列車の乗客が数人の強盗に奪われるのは、強盗どうしは互いを当てにでき、乗客は誰の加勢もないまま撃たれると恐れるからだ。冒頭にも名が出たフィッツジェイムズ・スティーヴンの言葉で講演は閉じる。吹雪と霧の山道では、立ち止まれば凍え、道を誤れば砕け散る。

「人生は生き甲斐があるか」は、生体解剖される犬の例から、人間の世界を包むもっと広い世界を考え、人生を恐れるなと結ぶ。「決定論のディレンマ」は、ブロックトンの殺人犯の告白を引き、悔やむ判断を保てば決定論は悲観に行き着くと論じる。ジェイムズは自由意志の証明を断り、自由だと仮定して行動することを勧める。最後の2篇のヘーゲル論と心霊研究論は福鎌訳に入らない。心霊研究論は、白いカラスは一羽でよく、自分にとってそれは霊媒のパイパー夫人だと述べる。

著者

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