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真理と方法

しんりとほうほう

ハンス=ゲオルク・ガダマー·現代

ガダマーが哲学的解釈学を体系化した20世紀の主著

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哲学

この著作について

ハイデガーの門下から独自の道を歩んだハンス=ゲオルク・ガダマーが、六十歳を過ぎてから刊行した哲学的解釈学の大著。

【内容】

本書は三部構成を取る。第一部では芸術経験を手がかりに、ルネサンス以後の美学が芸術を「主観の体験」に閉じ込めてきたことが批判される。芸術は遊びであり祭りであり、作品と観者を共に巻き込む真理の出来事だと論じられる。第二部では歴史学・人文科学が自然科学の方法を真似ることで失ってきたもの、すなわち理解の歴史性が主題化される。前理解(偏見)、解釈学的循環、地平の融合、有効な歴史意識、適用の契機などの概念が、シュライアーマッハー、ディルタイ、ハイデガーとの対話を通じて磨き上げられる。第三部では言語が存在と経験の媒体であるという主張が展開され、「理解されうる存在は言語である」という有名な結論に至る。

【影響と意義】

哲学、神学、文学批評、法学、歴史学、医学教育の現場にまで広く影響を及ぼし、ハーバーマスデリダリクール、ローティとの大きな論争の土台となった。二十世紀解釈学の決定版として現代人文学の共通語彙を形づくった。

【なぜ今読むか】

異なる文化・時代・経験の他者を理解するとはどういうことかが問われる現代に、「偏見を完全に消して中立に立つ」という幻想を解き、「自分の地平を相手と重ね直す」という作法を学ぶための古典となる。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書はガダマーが還暦を過ぎて刊行した大著で、三部構成のなかで人文学の自己理解を根本から組み直すことを目論む。題名は「真理あるいは方法」ではなく「真理と方法」であり、両者は対立しながらも切り離せないという含みを最初から伝えている。

第一部では芸術経験が出発点となる。近代美学はカント以来、芸術を「主観の体験」に閉じ込め、判断する側の感性に焦点を絞ってきた。ガダマーはこの主観への閉じ込めを批判し、芸術は遊びであり、祭りであり、参加する出来事であると主張する。子どもがゲームに没頭しているとき、ゲームは子どもをも遊んでいる。同様に、優れた絵画や演奏に出会うとき、観る者は対象を支配するのではなく、作品の運動の内部に巻き込まれていく。芸術はそのようにして、客観的方法では捉えられない真理を出来事として開く、と論じられる。

第二部は本書の中心で、人文学の歴史的理解が主題化される。シュライアーマッハーやディルタイは、人文学を自然科学に対抗する固有の方法として体系化しようとしたが、その過程で「中立な解釈者が過去のテキストの意味を再構成する」という構図を採ってしまった。ガダマーはハイデガーの解釈学的存在論を継いで、この構図そのものを覆す。理解は常に「前理解」、つまり伝統と歴史のなかで形成された偏見から出発する。偏見は除去すべき汚れではなく、理解を可能にする条件である。

ここから「解釈学的循環」「地平の融合」「有効な歴史意識」「適用」といった概念が次々に展開される。テキスト理解とは、自分の地平とテキストの地平を融合させ、新しい第三の地平を作り出す出来事だとされる。法律家が事件に判決を下すこと、説教者が古い聖書箇所を会衆に語ること、医師が古典的症例から目の前の患者を診ることは、いずれも解釈学的適用の典型例として扱われる。

第三部は言語論である。言語は道具ではなく、存在が経験として開かれる場である、というテーゼが展開される。「理解されうる存在は、言語である」という有名な結論で本書は閉じられる。読み終えると、客観性とはまったく違う仕方で人文学が真理を担えることが、静かに納得させられている。

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