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審

『審判』

しんぱん

現代

カフカの不条理小説

哲学

この著作について

フランツ・カフカが死の直前まで書き継ぎ、親友マックス・ブロートによって遺稿から編まれた未完の長編で、不条理文学の原型を築いた一作。

【内容】

三十歳の銀行員ヨーゼフ・Kは、誕生日の朝、素性の知れない二人の男に訪問され、逮捕されたと告げられる。しかし罪状は最後まで明かされない。裁判所は下町の屋根裏にあり、廊下には病んだ被告たちが溢れ、弁護士は曖昧な助言をするばかり。Kは日常の仕事を続けながら、次第にこの「訴訟」に吸い込まれていく。大聖堂で僧侶が語る「掟の前にて」という寓話が作品の核をなし、最終章ではKは二人の男に連れ去られ「犬のように」殺される。法の不可視の権威と、自分を否定しきれない主体の屈折が静かに描かれる。

【影響と意義】

官僚制の非人間性と近代人の罪責感を言語化したとされ、アドルノ、ベンヤミン、アーレントらによって二十世紀の根本文献として読み解かれた。後のサルトル、ベケット、ガルシア・マルケス、村上春樹にまで及ぶ「カフカ的」という形容の源泉である。

【なぜ今読むか】

誰も責任を取らないまま物事が進む現代の官僚組織・プラットフォームのなかで、私たちはしばしばKの立場に置かれる。理不尽に巻き込まれる経験に言葉を与えるための、なお色褪せない鏡である。

どの訳で読むか

在庫が確かなものを選ぶなら、版元のサイトで在庫ありと表示されている岩波文庫の辻訳か白水Uブックスの池内訳が目安になる(2026年10月時点)。草稿に忠実な史的批判版をもとにした訳で読みたいなら丘沢訳、短篇や手紙とまとめて1冊で読みたいなら川島訳を収めたポケットマスターピースがよい。訳によって題が『審判』と『訴訟』に分かれるので、書店や通販では両方の題で探すとよい。

  • 本野亨一訳KADOKAWA(角川書店)・角川文庫、1953年

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    1953年3月に角川文庫で出た訳(CiNiiの書誌による)。KADOKAWAのサイトでは紙の本の発売日を1992年12月17日、320ページとしており、電子版は2007年3月に出ている。

  • 辻瑆訳岩波書店・岩波文庫、1966年

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    岩波文庫の赤438-2で、394頁。版元のサイトでは在庫ありと表示されている(2026年10月時点)。

  • 飯吉光夫訳筑摩書房・ちくま文庫、1991年

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    304頁。紙の本は版元のサイトで品切れと表示されている(2026年10月時点)。電子版はある。

  • 池内紀訳白水社・白水Uブックス(カフカ・コレクション)、2006年

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    新書判で346ページ。版元のサイトでは在庫ありと表示されている(2026年10月時点)。

  • 丘沢静也訳光文社・光文社古典新訳文庫、2009年

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    書名は『訴訟』。版元の紹介文によれば、草稿に忠実な最新の史的批判版をもとにした訳で、版元は「カフカをカフカのまま届けるラディカルな新訳」とうたっている。

  • 川島隆訳集英社・集英社文庫ヘリテージシリーズ、2015年(多和田葉子編 ポケットマスターピース01 カフカ所収)

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    題は「訴訟」。多和田葉子が編んだカフカの作品集で、新訳の「変身(かわりみ)」をはじめとする短篇や、公文書選、書簡選もあわせて収める。巻末に多和田葉子の解説、川島隆の作品解題、カフカ著作目録、主要文献案内、年譜がつく。

ほかに、1971年に新潮文庫で出た原田義人訳が青空文庫で無料で読め、1992年に新潮文庫で出た中野孝次訳がグーテンベルク21の電子書籍で出ている。

さらに深く

【内容のあらまし】

1925年の初版は10章からなり、巻末にブロートの後書きがつく。後書きによれば、章の区切りと章題はカフカ自身のものだが、章の並べ方はブロートが自分の感覚で決めた。

第1章は「Jemand mußte Josef K. verleumdet haben」(誰かがヨーゼフ・Kを中傷したにちがいない)と始まる。悪いことは何もしていないのに、ある朝逮捕されたからだ。朝食を運ぶはずの料理女は来ず、見知らぬ男が入ってくる。同じ下宿のタイピストのビュルストナー嬢の部屋で、監督は逮捕されても勤めは続けてよいと告げる。隅にいた3人の若者は、よく見ると彼の銀行の下役だった。その夜、彼は帰りの遅い彼女を待ち、顔じゅうに口づけをする。

第2章の最初の審理は、日曜日に郊外のアパートで開かれる。部屋がわからないKは、架空の指物師《さしものし》ランツを探すふりをして戸口を回る。満員の集会で予審判事は彼を室内塗装工かと取り違え、Kは大きな銀行の業務主任だと答えて演説をぶつ。やがて聴衆の誰もが襟に徽章《きしょう》をつけているのに気づき、皆役人だと悟る。第3章では、呼び出しがないまま翌週の日曜日にまた出かけるが、法廷は空で、判事の本を開くと下手な裸の男女の絵が出てくる。

第5章では、Kの銀行の物置で、彼が予審判事に苦情を言ったせいだと訴える監視人たちが鞭で打たれている。第6章では、田舎から来た叔父がKを病床の弁護士フルトのもとへ連れていき、看護婦のレーニがKの膝によじのぼってくる。画家のティトレリは、ほんとうの無罪、見せかけの無罪、引き延ばしという3つの道を挙げ、ほんとうの無罪は一度も見たことがないと言う。第8章でKが弁護士に代理を断ると、弁護士は、5年以上も訴訟を抱えて犬のように従う商人ブロックをKに見せつける。

第9章で、銀行の取引先のイタリア人を大聖堂で案内するはずのKは、相手に会えず、説教壇から僧に「ヨーゼフ・K!」と呼ばれる。教誨師《きょうかいし》と名のる僧は、掟の門番と田舎から来た男の話を語る。男は何年も待ち続け、死ぬまぎわに、この入口はおまえのためだけのものだったと告げられる。二人は話の解釈を長く論じ合い、僧は、裁判所はおまえが来れば迎え、行くなら去らせるだけだと言い残す。

第10章は31歳の誕生日の前夜、紳士が2人訪ねてくるところから始まる。黒い服を着て待っていたKは、石切り場に連れていかれる。石切り場に接する家の最上階で窓が開き、人影が腕を差しのべるのをKは見る。一人がKの喉を押さえ、もう一人が長い肉切り包丁を心臓に突き立てて2度ひねる。「犬のように!」と彼が言い、恥が彼より長く生き残るかのようだった、という一文で小説は閉じる。

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