フィロソフィーマップ
社

『社会学原理』

しゃかいがく げんり

近代

スペンサーの社会進化論

哲学

この著作について

ハーバート・スペンサーが二十年を費やして書き継いだ全三巻の社会学的大著で、「総合哲学体系」の重要な柱をなす社会進化論の集大成。

【内容】

第一巻では家族・婚姻・祭祀といった原始的な社会的諸結合の成立が扱われ、第二巻では政治制度、第三巻では経済制度・産業組織・職業的結合が詳細に論じられる。全体を貫くのは、社会を個体に似た有機体と捉え、未分化で単純な状態から分化し複合化していく進化の過程として社会史を読む姿勢である。そこから、強い統制と軍備を必要とする「軍事型社会」と、自発的協力と契約によって成立する「産業型社会」への移行が論じられ、人類の道は中央集権から自由な分業社会へ向かうとする議論が展開される。豊富な民族誌的事例が各章に散りばめられている。

【影響と意義】

本書は自然・生物・人間社会を貫く進化の原理で社会の変化を説明しようとする試みとして、十九世紀後半の英米社会思想に巨大な影響を及ぼした。スペンサーの名はいわゆる「社会ダーウィニズム」とほぼ同義に語られてきた。ただし、その色合いは政治・倫理の著作に見られるもので、社会の成長と分化を論じる本書のような社会学の著作には見られないとする指摘もある。日本では、スペンサーが第二巻の政治的諸制度の部を書く際に日本の情報の多くを森有礼《もりありのり》から得ていたといわれ、一八八〇〜九〇年代の明治期には「スペンサーの時代」と呼ばれるほど著作が訳された。スペンサーの自由放任主義や社会有機体説は自由民権運動の思想的支柱としても迎えられた。

【なぜ今読むか】

社会を進化の比喩で語る語彙は現代にも根強く生きている。優生思想や新自由主義的議論の背後に潜む「社会を生き物と見る発想」の力と危うさを、原典を通して点検できる機会である。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書はスペンサーの総合哲学体系のうち、生物学と心理学の原理に続く部分にあたり、約二十年をかけて書き継がれた。冒頭に置かれるのは、社会を生物有機体と類比的に捉える視座である。生命が単純な細胞集団から組織と器官の分化した個体へと進化したように、社会もまた、未分化な小集団から複雑な分業組織へと進化していく。栄養機能・分配機能・統治機能の三つが、社会の消化器系・循環器系・神経系として対応づけられる。

第一巻では「家内的諸制度」が論じられる。乱婚、一夫多妻、一夫一婦など多様な婚姻形態が、世界各地の民族誌資料から丹念に検討される。ただしスペンサーは、原始の人類がまったくの乱婚状態にあったという仮説を、資料が裏づけないとして退けている。続く第二巻では、まず「儀礼的諸制度」、つまり挨拶、贈与、地位の表示、忌避といった日常の作法が、もとは支配と服従の関係から発生し、しだいに儀礼として独立していった過程が描かれる。

第二巻の中心は「政治的諸制度」である。スペンサーはここで有名な二類型を提示する。軍事型社会と産業型社会である。軍事型社会では、外敵との戦いが組織原理となり、強制と階層、中央集権、生命と財産の国家への従属が支配的になる。産業型社会では、自発的協力と契約、分権と個人の自由、生命と財産の不可侵が中心となる。歴史の趨勢は前者から後者への移行だ、というのが彼の確信である。

第三巻では「教会的諸制度」と「専門的諸制度」「産業的諸制度」が扱われる。宗教は祖先崇拝から人格神信仰、一神教へと進化し、最後には擬人的な名残を脱した「不可知なもの」への意識に行き着くとされる。医師、教師、芸術家、科学者などの専門職が、もとは祭司階級から分離してきた歴史が示される。最後に、産業組織が家内的な手仕事から工場、株式会社、国際的市場へと拡大していく道筋が論じられる。

読み終えると、社会という生き物が時間のなかで器官を分化させていく、巨大なドキュメンタリー映像を見終えた感覚が残る。同時に、その目線が一直線の「進歩」に強く色づけられていることへの警戒も、現代の読者には必要だ。

著者

関連する哲学者と話してみる

この著作をマップで見るAmazonで見る