『失楽園』
しつらくえん
ジョン・ミルトン·近代
アダムとイヴの堕落を描く英文学の最高峰の一つ
この著作について
英国の詩人ジョン・ミルトンが1667年に公刊した全12巻の叙事詩(原題『Paradise Lost』)。聖書『創世記』の天地創造・堕落の物語を題材に、英語叙事詩の最高傑作として、シェイクスピアと並ぶ英文学の金字塔である。
【内容】
サタンの神への反逆、地獄での会議、エデンの園でのアダムとイヴの創造、蛇に化身したサタンによる誘惑とイヴの堕罪、アダムの連帯、そして楽園からの追放までが、壮大な無韻詩(blank verse)で展開される。ラテン語古典の語彙と構文を英語詩に持ち込んだ文体は独特の荘厳さを持つ。悪の魅力を余りに雄弁に描いたため「ミルトンはサタンの側にいる」とブレイクに評された、複雑な宗教的・政治的含意を持つ作品。
【影響と意義】
ロマン派詩人(ブレイク・ワーズワース・シェリー)、メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』、C・S・ルイス、スタインベック『エデンの東』、フィリップ・プルマン『ライラの冒険』など、英文学全体への影響は計り知れない。
【なぜ今読むか】
自由意志・悪・原罪という人類の永遠の主題を、壮麗な叙事詩として読む古典的体験。
どの訳で読むか
文庫で読むなら、上下2冊に分かれた岩波文庫の平井正穂訳がある。一冊にまとまった本がよければ、大修館書店の新井明訳を選ぶとよい。新井訳は書名が失楽園ではなく原題を訳した形なので、通販では訳者名で探すとよい。
さらに深く
【内容のあらまし】
1667年の初版は1万行を超える10巻で、1674年の第2版で12巻に組み直された。巻頭の覚え書きでミルトンは、脚韻は良い詩に欠かせない飾りなどではなく、とりわけ長い作品では野蛮な時代の発明にすぎないと言い切る。
第1巻は、死をこの世にもたらした禁断の木の実と、エデンを失った人間の物語を歌えと詩神に呼びかけ、永遠の摂理を説いて神の道の正しさを人々に示すと目的を掲げてから、いきなり物語の途中へ飛び込む。サタンは配下の天使たちとともに、すでに地獄に堕ちている。ここなら安心して君臨できると言い、「Better to reign in Hell than serve in Heaven(天に仕えるより地獄で君臨するほうがよい)」と言い放つ。第2巻の会議の末、サタンは皆の救いを求めて一人で闇の果てを探りに行く、この企てには誰も加えないと告げる。地獄の門で死と一騎打ちになりかけると、腰から下が蛇の姿をした門番の魔女が割って入り、サタンを父と呼び、死はあなたの一人息子だと叫ぶ。
第3巻では神が人間の堕落を予見し、人は堕ちる自由をもちつつ立ち続けることもできるよう正しく造ったと語る。御子は、人の代わりに自分の命を差し出すと申し出る。善意は悪の見えないところでは悪を疑わず、太陽を預かる天使ウリエルさえサタンに欺かれる。第4巻、エデンを前にしたサタンは、どこへ逃げても地獄だ、自分自身が地獄なのだと嘆くが、やがて眠るイヴの耳元にヒキガエルのようにうずくまり、想像の働きに入り込んで幻をこしらえようとしているところを見つかる。
天上の戦争は、見えない霊たちの戦いをどう人に伝えるかとためらいつつ、天使ラファエルがアダムに語る。反逆軍は兵器を持ち出し、天使たちは山を根こそぎにして兵器の列ごと押しつぶす。最後は御子に追い立てられた反逆者たちの前で天の水晶の壁が開き、荒涼とした深淵が口を開ける。ラファエルはさらにアダムに請われ、世界がどのように、なぜ造られたかを語る。
第9巻、自分の強さを試したいイヴが別々に働くことを言い張り、アダムが折れると、一人になった彼女に、蛇に入り込んだサタンが近づき、まず見つめ、それから口をきいて褒めそやす。実を食べたイヴを前に、アダムはあなたと共に死ぬと心を決める。第10巻、地獄に戻って手柄を語り、喝采を待つサタンの耳に届くのは、四方からあがる嘲りのしゅうしゅうという音だ。第11巻では大天使ミカエルが、イヴを眠らせたまま、アダムを丘に登らせて先の世を見せる。最後に二人は、目の前に広がる世界へ、摂理を導き手に、手を取り合い、さまよう足取りでゆっくりと、エデンを抜ける寂しい道をたどる。