『マハーバーラタ』
作者不詳·古代
世界最長の叙事詩でインド文明の全体を収めた古代の大河
この著作について
紀元前4世紀から紀元後4世紀にかけて編纂されたとされるサンスクリット語の大叙事詩。全18巻10万詩節、古代ギリシアの『イリアス』『オデュッセイア』を合わせた10倍の長さを持つ、世界最長の叙事詩である。
【内容】
バラタ族の2つの家系、パーンダヴァ家とカウラヴァ家のあいだのクルクシェートラの大戦争を軸に、神話・哲学・法・倫理・恋愛・政治のあらゆる主題が織り込まれている。第6巻に収められた『バガヴァッド・ギーター』は戦士アルジュナと神クリシュナの対話で、ヒンドゥー哲学の精髄として独立して読まれてきた。他にもナラ王物語、サーヴィトリー物語など、無数の挿話が織り込まれる。
【影響と意義】
インド文化のほぼ全てが本叙事詩に源泉を持つ。『ラーマーヤナ』と並ぶ二大叙事詩として、演劇・絵画・音楽・現代映画(1965年の映画版、1980年代のテレビドラマ)まで絶え間ない翻案を生んでいる。ピーター・ブルックの舞台化(1985)は世界的大事件となった。
【なぜ今読むか】
人類最古級の物語形式を通じて、倫理と戦争の矛盾を考える古典。長大だが、バガヴァッド・ギーター篇だけでも抜き出して読む意義がある。
どの訳で読むか
サンスクリット原典からの訳を読みたいなら上村勝彦訳があるが、訳者の急逝により第8巻の途中で終わっている。今手に入る訳のうち、原典の巻立てに沿って最後の巻まで読めるのは、英語の完訳本を底本にした山際素男編訳である。先に筋をつかみたいなら、英語で平易に語り直した物語を訳した奈良毅・田中嫺玉訳や、挿絵とコラムのついたパトナーヤクの再話の訳がある。
上村勝彦訳法藏館・法蔵館文庫、2025〜2026年(全8冊)
Amazonで探すサンスクリット原典からの訳で、CiNiiの書誌は底本をプーナ批判版(バンダルカル研究所、1933〜1966年)と記す。ちくま学芸文庫で出ていた訳の再刊にあたる。訳者の急逝により未完で、第8冊はカルナの巻の第49章までを収め、原實と横地優子の解説が付く。
山際素男編訳グーテンベルク21・電子書籍、2017〜2019年(全9冊)
Amazonで探す国立国会図書館の書誌によれば、底本はM. N. Duttによる英語の完訳本(1988年の復刻版)で、サンスクリット原典からの直接の訳ではない。紙の本は三一書房から1991年から1998年にかけて9巻で出た。販売ページは完訳とうたい、1998年度の翻訳出版文化賞を受けたと紹介している。
奈良毅・田中嫺玉訳第三文明社・第三文明選書、2017年(全3冊)
Amazonで探す原典の訳ではなく、C・ラージャーゴーパーラーチャリが英語で平易に語り直した107の物語を訳したもの。版元はレグルス文庫版の復刊と紹介している。
沖田瑞穂監訳・村上彩訳原書房、2019年(上下2冊)
Amazonで探す原典の訳ではなく、神話研究者デーヴァダッタ・パトナーヤクが文と挿絵を手がけた再話を訳したもの。版元は、背景となる神話やインドの文化をコラムで解説すると紹介している。
さらに深く
【内容のあらまし】
語りは入れ子になっている。ナイミシャの森で12年続く祭祀に集った聖仙たちのもとへ、語り部ウグラシュラヴァスがやって来て物語を語りだす。それはかつてジャナメージャヤ王に請われた作者ヴィヤーサが、そばに座る弟子ヴァイシャンパーヤナに命じて語らせたものだ。広く読まれてきた流布本の冒頭には、ヴィヤーサの口述をガネーシャが書き取る由来も置かれる。ガネーシャは筆を一瞬も止めないことを条件にし、ヴィヤーサは、意味のわからないところでは書くのを止めるよう求めた。批判校訂版は、この話を本文でなく付録に回している。
王家の来歴を語る第1巻では、王子デーヴァヴラタが、父王を漁師の頭領の娘と結婚させるために王位を捨てて生涯独身を誓うと、天から花が降り、恐るべき者を意味するビーシュマの名が与えられる。
第2巻の賭博が転回点になる。いかさまのさいころで財宝も弟たちも失ったユディシュティラは、自分自身まで賭けて負け、最後に妃ドラウパディーも賭けて失う。彼女は使いの者に、王が先に失ったのは自分自身か私かと問い返させる。広間で衣を剥がされかけると、剥ぐたびに同じ衣が現れた。盲目の王ドリタラーシュトラは彼女の願いを容れ、夫たちを奴隷の身から解く。だがもう一度の賭けが開かれ、敗者は12年を森で、13年目を素性を隠して暮らし、見つかればさらに12年を森で過ごす、という条件がつく。ユディシュティラは再び負け、5兄弟は妃とともに森へ向かう。
第3巻の森では、自分ほど不幸な王がいるかと嘆くユディシュティラに、聖仙が、もっと不幸な王の話としてナラ王の物語を聞かせる。湖のほとりでは、水を飲んで倒れた弟たちを前に、夜叉の問いに答える。何が最も不思議かと問われ、毎日無数の生き物が死の国へ向かうのに、残った者は自分だけは死なないと思っていることだと答える。
第4巻で兄弟は姿を変えてヴィラータ王の宮廷に潜み、アルジュナは王女や侍女たちに歌と楽器を教えて暮らす。第5巻では、ドゥルヨーダナがクリシュナに、針の先ほどの土地も渡さないと告げる。
第6巻では、戦いを見ることを望まない盲目の王ドリタラーシュトラのために、ヴィヤーサがサンジャヤに戦場のすべてを見通す目を授ける。やがてサンジャヤは戦場から駆け戻ってビーシュマが倒れたと告げ、そこから戦いをさかのぼって語る。開戦を前に、クリシュナが両軍の間に戦車を止めると、アルジュナは敵味方の双方に親族や友の姿を見て嘆き、弓矢を投げ出して戦車に座りこむ。ここから二人の対話が始まる。第7巻以後は戦いの日々とそのあとを描き、第12巻ではビーシュマが矢の床から王の務めや非常時の心得を説く。