『イリアス』
ホメロス·古代
トロイア戦争を描いた西洋文学の原点
この著作について
古代ギリシアの詩人ホメロスに帰せられる、西洋文学最古の英雄叙事詩。トロイア戦争の一場面を通して、人間の誇りと死の重みを描き切る。
【内容】
舞台はトロイア戦争の10年目、わずか50日ほどの出来事に絞られる。ギリシア軍最強の戦士アキレウスが総大将アガメムノンに侮辱されて戦線を離れ、その間に親友パトロクロスが討たれる。怒りに駆られたアキレウスは敵将ヘクトルを倒すが、物語は復讐ではなく、敵の父プリアモス王と涙ながらに和解する場面で閉じる。神々が戦場に介入する神話的世界のなかで、名誉・友情・死・赦しという主題が鮮やかに浮かび上がる。
【影響と意義】
西洋文学の出発点であり、古代ギリシア人にとっては教育と倫理の教科書でもあった。プラトンが『国家』で詩人追放論を唱えるほど影響力は大きく、以後の英雄像・戦争文学・悲劇的人間観は本書を抜きに語れない。
【なぜ今読むか】
3000年を経てなお、怒りと喪失と赦しの物語は古びない。戦争の愚かさと、それでも尊厳を失わずに生き死にする人間の姿が、今の読者にもまっすぐ届く。
さらに深く
【内容のあらまし】
物語は「歌え、女神よ、ペレウスの子アキレウスの怒りを」という呼びかけで始まる。冒頭から焦点は怒りである。アポロンの神官の娘を捕虜として奪った総大将アガメムノンが、疫病に追い詰められて娘を返すかわり、アキレウスから愛妾ブリセイスを取り上げる。屈辱を受けたアキレウスは陣営から退き、母である海の女神テティスを通じてゼウスに「ギリシア勢が苦しむまで助けるな」と頼み込む。
アキレウス不在のまま、戦線は激しく揺れる。トロイア側ではヘクトルが城門前で妻アンドロマケと幼子に別れを告げる場面が置かれる。鎧の輝きに泣き出す赤子をあやす束の間の家庭の光景が、戦場の残酷さと重なって読者の胸を打つ。一方ギリシア側ではディオメデスが神々を相手に槍を振るう活躍を見せ、オデュッセウスが知略を絞るが、ヘクトルの猛攻の前に船団まで追い詰められる。
膠着を破るのは親友パトロクロスである。アキレウスから鎧を借り、彼の身代わりとして出陣したパトロクロスは一時敵を押し戻すが、アポロンの加護を受けたヘクトルに討たれてしまう。盟友の死を知ったアキレウスの慟哭は凄まじい。母から運ばれた神鍛冶ヘパイストスの新しい鎧をまとい、彼は戦場に戻る。トロイア勢を川まで追い詰め、川の神とまで戦う場面の幻想性は本書の頂点の一つだ。
そしてヘクトルとの一騎打ち。ヘクトルは城壁の前を三度逃げ回ったのち、覚悟を決めて槍を交え、討たれる。アキレウスは遺体を戦車に縛り、城のまわりを引きずる。だが物語はそこで終わらない。最終巻、老王プリアモスが夜陰に紛れて単身敵陣に乗り込み、息子の遺体を返してほしいと膝をつく。互いの父を思い出して二人がともに涙を流す場面で、長大な叙事詩は静かに閉じる。
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