『バベルの図書館』
ばべるのとしょかん
現代
無限の書物の宇宙を描いたボルヘス代表短編
この著作について
ホルヘ・ルイス・ボルヘスが1941年に発表した短編。『伝奇集』に収められ、無限の書物を収蔵する六角形の書棚の回廊から成る宇宙的図書館を描いた、後の情報理論・デジタル文化に深い刻印を残した作品である。
【内容】
語り手は「図書館」と呼ばれるこの宇宙の書記で、そこにはあらゆる言語のあらゆる文字列の組み合わせからなる書物が、ただ一冊ずつ、しかし無限に収蔵されている。住人たちは自分の人生を解明する「完璧な書」を探し続け、一部は狂信者となり、一部は終末論へ逃げ込み、一部は書物の破壊へと走る。有限の文字の組み合わせが、生成する全ての意味と全ての無意味を同時に含むという、組合せ論的宇宙像が提示される。語り手の老いと諦観が物語の基調となる。
【影響と意義】
情報科学における全文探索・ランダムテクスト生成論の思想的源流となり、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』、スタニスワフ・レム、生成AIをめぐる現代の議論まで、広範な影響を及ぼしている。
【なぜ今読むか】
大規模言語モデルが無限のテクストを生成する時代、その原型を描いた短編として第一級の必読。
どの訳で読むか
紙の本で読むなら、岩波文庫の『伝奇集』に入っている鼓直訳になる。同じ訳はちくま文庫のアンソロジーにも収められている。電子書籍で『エル・アレフ』の諸篇とあわせて読みたいなら、篠田一士訳がある。
鼓直訳岩波書店・岩波文庫(『伝奇集』所収)、1993年
Amazonで探す短篇集『伝奇集』の一篇として読む。文庫は282ページで、旧版は1990年の福武書店版。版元はこの作品を、宇宙の隠喩である図書館の物語と紹介している。山尾悠子が編んだちくま文庫のアンソロジー(2026年)にも、この訳で収められている。
篠田一士訳グーテンベルク21・電子書籍(『伝奇集』『エル・アレフ』の合本)、2017年
Amazonで探す2017年に配信が始まった電子書籍で、『伝奇集』と『エル・アレフ』を1冊にまとめている。販売ページの紹介文によれば34篇を収め、訳者はチェスタートンのブラウン神父ものとの相似を指摘している。篠田訳の『伝奇集』は、紙の本では1984年に集英社の「ラテンアメリカの文学」の一冊として出ていた。
さらに深く
【内容のあらまし】
冒頭には、ロバート・バートンの1621年の書物から、この技によって23の文字の変化を眺めることができるという一句が掲げられる。語り手は、ほかの者たちが図書館と呼ぶものを宇宙と呼んで語り始める。
宇宙は数の定まらない、同じ造りの六角形の回廊からなる。各室の中央には低い手すりで囲まれた大きな換気孔があり、上下に同じ部屋が際限なく続く。6面の壁のうち4面に書棚が5段ずつあり、残る2面のうち1面は狭い通路に通じる。その左右には立ったまま眠る小部屋と用を足す小部屋があり、螺旋階段が上下の階へ延びる。
語り手は年老いた司書だ。若いころは旅をして、目録の目録かもしれない一冊を求め、今は自分の書く字もほとんど読めず、生まれた六角形から数里のところで死ぬ支度をしている。
1段には同じ判型の本が32冊並び、1冊は410ページ、1ページは40行、1行は約80文字で、背の文字も中身を示さない。ついで二つの公理が示される。図書館は永遠の昔から存在すること、書物の記号は25種類であること。その内訳が22の文字と空白、コンマ、ピリオドであることは、編者の注が補う。
本の大半は意味のない文字の連なりで、文字の迷路のような本の最後から2番目の頁に、「おお時よ、汝のピラミッド」とあるのがせいぜいだ。約500年前、解読された一冊に組合せ論が書かれていた。そこから天才的な司書は、どの本も同じ記号でできていて同じ本は2冊とないと見抜き、図書館は記号のあらゆる組み合わせを収める、その数は莫大でも無限ではない、と結論する。大天使たちの自伝も、あなたの死の真実の記録も、どこかの棚にある。ある本が可能でありさえすれば存在し、除かれるのは不可能なものだけだと念を押す注もつく。
住人は途方もない幸福に酔い、自分の行いを弁護する書を求めて階段を上り、争った。やがて深い落胆が来る。文字や記号をでたらめに並べて正典を作ろうと唱えた一派は、当局に禁じられた。無用な本を棚ごと破棄した浄化者たちは、魔法の挿絵入りの本を収めた深紅の六角形を狙った。ほかの者たちは、あらゆる本の要約となる一冊と、それを読んだ神にも等しい司書を探し歩いた。
語り手は、どんな音節も優しさとおののきに満ち、どこかの言語では神の力ある名になると書く。疫病、異端の争い、増える自殺で人は減り、人類は絶えても図書館だけが残るのではないかと疑う。最後に、図書館は限りあるのか無限なのかという古い問題に、本の組み合わせには限りがあるから、果てがなく周期的なのだと答える。永遠の旅人が進めば同じ本が同じ乱れ方で繰り返し、その反復が一つの秩序になる。この望みが彼の孤独を慰める。
著者
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