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『ヘルマンとドロテーア』

近代

革命下の難民を描いたゲーテの牧歌的叙事詩

哲学文学ドイツ文学

この著作について

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが1797年に発表した、九歌からなるヘクサメター(六脚律)の叙事詩。フランス革命下のライン地方を舞台に、難民の娘ドロテーアと宿屋の息子ヘルマンの結婚に至る一日を描いた、ゲーテ古典主義期の代表作である。

【内容】

物語は小さな町の宿「金の獅子亭」から始まる。ライン左岸から押し寄せる難民の列を見舞った宿屋の息子ヘルマンは、彼らの中で気丈に振る舞う娘ドロテーアに心を奪われる。母親の理解、父親の警戒、町の薬剤師と牧師の助言が織り合わさり、若者は彼女を妻として迎えるべく行動を起こす。革命の喧噪を遠景に置きながら、市民的家庭の善意と慎ましさが、古代叙事詩のゆったりとした韻律のなかで歌われていく。

【影響と意義】

古代ホメロス的な叙事詩形式と、近代市民の日常的主題とを結合させた点で、ゲーテ古典主義の到達点とされる。同時代のシラーに高く評価され、19世紀ドイツの市民読者のあいだで長く愛唱された。後の『ファウスト』第二部に結晶する古代と近代の総合的構想の前段にあたる。

【なぜ今読むか】

戦争と難民、家族の決断という主題は、現代のヨーロッパ情勢にもそのまま重なる。短く読み通せる叙事詩としてゲーテに入る格好の入口でもある。

どの訳で読むか

訳注と解説つきで、ほかのゲーテの作品と合わせて読みたいなら、潮出版社の全集第2巻に入った吉村博次訳が目安になる。この作品だけを1冊で手元に置きたいなら、昭和初期の秦豊吉訳を復刻したゆまに書房のオンデマンド版がある。

  • 吉村博次訳潮出版社・ゲーテの全集(新装普及版)第2巻、2003年(初版は1980年)

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    詩を集めた巻で、『西東詩集』などと同じ巻に入り、巻末に訳注と解説がつく。B6判、521ページ。

  • 秦豊吉訳ゆまに書房・「昭和初期世界名作翻訳全集」137、2007年

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    春陽堂から1932年(昭和7年)に出た本を原本とするオンデマンド版(国立国会図書館の書誌による)。四六判並製、90ページ。題の表記は「ドロテア」となっている。

ほかに、文庫では佐藤通次訳の岩波文庫(1932年に入り、現行の版は1981年刊の赤405-5で、2026年10月時点で版元品切れ)と、国松孝二訳の新潮文庫(1952年)が出た。

さらに深く

【内容のあらまし】

九つの歌にはムーサの名と小題がつき、第一歌カリオペは「運命と同情」、第九歌ウラニアは「展望」と題される。

暑い日曜の昼、町の人々は難民の列を見物に街道まで出かけ、広場はがらんとしている。門の下に座った宿の主人は、古いリネンと食べ物を持たせて息子を送り出した妻をほめるが、自分のインド更紗《さらさ》の部屋着まで渡したと聞いて惜しがる。牧師と薬剤師も来る。

第二歌で戻ったヘルマンは、牛車を長い棒で操る娘に出会ったと話す。産後まもない女のために布を求められ、父の部屋着ごと布を渡し、食べ物と酒も娘に預けた。母は二十年前、大火の翌朝に焼け跡で父に抱き上げられ、家を建てるのを手伝ってくれ、君の父の家も手伝うと言われた思い出を語る。父は隣の豪商の娘を持参金ごと迎えよと迫るが、ヘルマンはその家で歌に出てくるパミーナとタミーノを知らずに笑われ、いまもタミーノとあだ名されていると打ち明ける。学のなさをなじる父を残し、彼は黙って部屋を出る。

第四歌で母は、畑の境の大きな梨の木の下で泣く息子を見つける。彼はまず国境へ戦いに行くと言い張るが、母に言い当てられて、あの難民の娘を妻にしたいと認める。父は、素性を確かめたうえでならと折れ、牧師と薬剤師が確かめに行く。第六歌で難民の判事を務める老人は、自由と平等の知らせに胸が躍った最初の日々と、その後の略奪と報復を語り、ある娘が略奪者のサーベルを奪って少女たちを守った話をする。その娘こそ彼女で、許婚《いいなずけ》はパリへ行って死んだという。吉報を聞いても、ヘルマンは彼女に決まった人がいるのではと怖じ、自分で確かめに行く。

第七歌、村はずれの泉で二人は水面に映る互いの姿にうなずき合う。愛を口にできないヘルマンが、母を助けてくれる娘を探していると言うと、彼女は女中として雇われるのだと受け取って承知する。彼は娘の指に金の指輪を見つけてしまう。第八歌、満月の梨の木の下から、嵐の迫るぶどう畑の石段を下りるとき、彼女は足をくじき、彼は大理石の像のように身を固くして支える。

第九歌、父の陽気な歓迎の言葉を嘲りと受け取った彼女は、ヘルマンへの秘めた思いを口にして家を出ようとし、そこで誤解が解ける。牧師は両親の結婚指輪で二人を婚約させ、彼女は亡き許婚の別れの言葉を思い返しながら二つの指輪を並べてはめる。最後にヘルマンは「Desto fester sei, bei der allgemeinen Erschüttrung, Dorothea, der Bund!(世が揺らぐときだからこそ、ドロテーア、この絆はいっそう固くあれ)」と言う。作中の人物が彼女の名を口にするのはここだけである。

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