『地獄変』
じごくへん
近代
芸術のために娘を焼き殺す絵師を描く芥川の美学的短編
この著作について
芥川龍之介が1918年に発表した短編小説。『今昔物語集』『宇治拾遺物語』の説話を素材に、芸術至上主義の極限としての狂気を描き出した、芥川前期の代表作である。
【内容】
平安時代、大殿様から「地獄変の屏風」を描くよう命じられた稀代の絵師・良秀は、実際に目撃したものしか描けない。地獄の業火を描くためには、牛車に女を乗せて焼くさまを見る必要があると大殿に願い出るが、差し出された女は実は彼の最愛の一人娘だった。炎の中で娘が焼け死ぬ瞬間、良秀は絵師としての陶酔の表情を浮かべて佇み、屏風を完成させた翌朝、自害する。語り手の侍が「私」から伝聞する入れ子構造が、出来事の真相を微妙に揺らがせる。
【影響と意義】
芥川の美学的極限、すなわち「芸術のためには人間的倫理さえ犠牲にするのか」という問いを、日本文学史上もっとも鋭く定式化した短編。三島由紀夫をはじめ後続作家の美学論・芸術論に深い影響を与えた。
【なぜ今読むか】
AI生成画像が「作者なき美」を大量生産する時代に、芸術と犠牲の関係を根源から問う古典として読み返す価値が高い。
さらに深く
【内容のあらまし】
語るのは堀川の大殿に二十年仕えてきた者で、全20段を「ございます」の口調で聞き手に語りかける。屏風の由来ほど恐ろしい話はないと前置きして、良秀の紹介に移る。五十近い痩せた老人で、立ち居振る舞いが猿のようだと猿秀とあだ名される。邸では、若殿に良秀と名づけられた小猿がいじめられていたが、良秀の十五の娘がかばい、猿は娘のそばを離れなくなる。
吉祥天を描くのに卑しい傀儡《くぐつ》の顔を写して平気な男が、娘だけは溺愛する。褒美の望みを問われて娘を下げてほしいと願うことが四、五度あり、そのたびに大殿の目は冷えていく。語り手は、大殿が娘に懸想したという噂を何度も打ち消してみせる。屏風を命じられたのはその頃だ。
第6段で語り手は順序を飛ばし、完成した画面を先に描く。隅に小さく十王を置き、あとは一面の猛火で、殿上人から乞食まであらゆる身分の罪人が逃げ惑い、中空から落ちる牛車の中で女房が身悶えている。続く段では、昼寝の悪夢で「奈落には己の娘が待つてゐる」とうなされ、弟子を鎖で縛って写し、猟師にもらったみみずくが少年の弟子に襲いかかる騒ぎまで冷然と写し取る。冬の末、下絵は八分通りで止まり、老人が独り泣いていたという話も伝わる。
同じ頃、娘はふさぎ込むようになる。ある夜、語り手は猿に袴を引かれて廊下を進み、部屋から駆け出す娘と鉢合わせる。遠ざかる足音の主を尋ねても、娘は唇をかんで首を振るばかりだ。立ち去る語り手の足もとでは、猿が両手をつき、鈴を鳴らして頭を下げる。
半月後、良秀は大殿に、見たものでなければ描けないと訴える。大火事で見た火の手から「よぢり不動」の炎を描いたと語るのは、『宇治拾遺物語』の絵仏師良秀の話を踏まえている。そして檳榔毛《びろうげ》の車に火をかけて見せてほしいと願うと、大殿は口の端に泡をためて笑い、中に女を一人乗せてやろうと請け合う。
洛外の山荘で、大殿は車に罪人の女房を乗せたと告げて簾を上げさせる。鎖につながれていたのは良秀の娘だった。駆け寄ろうとした良秀は、火が放たれると足を止め、恐れと悲しみと驚きを顔に浮かべる。そのとき屋根から黒い影が炎の中へ飛び込み、娘の肩に縋る。あの猿である。やがて車が火の柱となると、良秀の顔は法悦の輝きに変わり、腕を組んで立ち尽くす。縁の上の大殿だけが青ざめ、獣のように喘いでいた。
世間は恋の恨みと噂したが、大殿は、娘を焼いてまで屏風を描こうとする絵師根性を懲らすためだったと語り手に述べたという。一月ほど後、良秀を非難していた横川の僧都も、屏風を見て思わず膝を打つ。しかし良秀は、屏風の仕上がった次の夜、自分の部屋で首をくくっていた。
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