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ウ

『ウパニシャッドの哲学』

うぱにしゃっどのてつがく

パウル・ドイセン·近代

ショーペンハウアー門下のドイツ・インド学者によるウパニシャッド哲学体系書

哲学インド哲学比較哲学

この著作について

【内容】ドイツのインド学者パウル・ドイセンによるウパニシャッド哲学の体系的研究書である。原書 Die Philosophie der Upanishad's は1899年に刊行された。著者はショーペンハウアーの忠実な弟子であり、ニーチェのバーゼル時代の親友としても知られる。本書では六十余りのウパニシャッドを神学・宇宙論・心理学・救済論の枠組みで再編成し、梵我一如の教説を西洋哲学的な観念論の系譜に重ねながら解釈する。シャンカラの不二一元論の読みを基礎に置きつつ、カント・ショーペンハウアーとの構造的並行性を示す比較哲学的な議論が随所に展開される。

【影響と意義】ヨーロッパにおけるウパニシャッド研究の古典として、20世紀のインド哲学受容の枠組みを規定した。日本語圏では前田専學『ヴェーダーンタ哲学の発展』などと並べて参照されることが多く、シャンカラのテクストを系統的に読むための学術的見取り図を与える。観念論者によるアジア哲学読解の重要な事例として哲学史的にも位置づけられている。

【なぜ今読むか】個別のウパニシャッドを読む前に、思想全体の地図を持っておきたい読者に有用である。比較哲学的な視座は東洋と西洋を分断的に捉える発想を相対化し、形而上学的な問いを跨いで考える助けになる。

さらに深く

【内容のあらまし】

ドイセンは序文で、本書は自分の一般哲学史の第2部だが、それだけで完結しているとし、最初に読むなら逆説的な題で反発を誘う第9章「世界の非実在性」か、巻末の回顧がよいと勧める。

序論は、ブラフマンを宇宙の原理、アートマンを心の原理と分けて見れば、ウパニシャッドの根本思想は「ブラフマン=アートマン」という一つの等式に言い表せるという。哲学が課題とその答えをはっきりつかんだのは、知るかぎりインドのウパニシャッド、ギリシアのパルメニデスとプラトン、近代のカントとショーペンハウアーの三度だと述べる。

本論の第2章は、ブラフマンの定義が失敗する場面を並べる。バラモンのバーラーキは、ブラフマンを説明してみせるとアジャータシャトル王に申し出て12回定義を試みるが、王はそのつど、定義の指すものは自然のなかで従属的だと退け、黙った彼に熟睡する人の例で教え直す。別の話では、神インドラと魔神ヴィローチャナがプラジャーパティに自己を学ぶ。水や鏡に映る身体が自己だと聞いて二人は帰るが、魔神はそれで満足し、インドラは考え直して戻り、教えは夢の中の自己、夢も見ない熟睡の自己へと進む。ドイセンはこの三つの答えを唯物論、実在論、観念論の立場として読む。第4章の終わりには、シャンカラが聖典の言葉として伝える話が置かれる。ヴァーシュカリにブラフマンを教えてほしいと頼まれたバーフヴァは黙ったままで、重ねて問われて、教えているのに君がわからないのだ、このアートマンは沈黙だと答える。

序文が勧めた第9章は、宇宙は真の自己ではなく幻(マーヤー)にすぎないという意味でこの語が出てくるのは後代のテキストからだが、古いテキストほど経験の世界が幻だとはっきり説いている、と論じる。第13章は魂の四つの状態、覚醒、夢、熟睡、第四の境地(トゥリーヤ)を扱う。

輪廻を扱う第14章は、人は死後どうなるかという問いで始まる。注には、1892年12月にジャイプルで会った盲目の老学者が、生まれつきとは知らず失明の不幸を尋ねたドイセンに、前世で犯した何かの罪のためと答えた話がある。本文は、この問いは時間の形式を前提にしていて正しくないと断りつつ、答えを消滅、天国と地獄での永遠の報い、輪廻の三つに絞り、経験の言葉で答えるなら残るのはある意味での輪廻だとする。最終章の回顧は、バラモンが王から教わる場面を挙げて、アートマンの教えはまず王族のあいだで育ったと推し量る。解脱の外面は多の意識と欲望を除くことだとし、それを人為的に生む営みとして、感覚を内なる自己に向けるヨーガと、家も財産も家族も捨てる遊行《ゆぎょう》の生活に触れて本を閉じる。

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