『実証哲学講義』
じっしょう てつがく こうぎ
コント·近代
コントの実証主義哲学の体系
この著作について
オーギュスト・コントが私講義を整理して十数年かけて刊行した全六巻の大著で、実証主義と社会学という二つの学を世に送り出した近代思想の起点。
【内容】
冒頭でコントは有名な「三段階の法則」を提示する。人間の知も社会も、超自然的原因に訴える神学的段階、抽象概念に訴える形而上学的段階を経て、現象と法則を観察によって捉える実証的段階へと進化するとされる。続く各巻は、数学・天文学・物理学・化学・生物学・社会物理学(のちの社会学)という順序で諸科学を配列する。この順序は抽象から具象へ、単純から複雑へと進む階層を反映しており、科学の統一的秩序が描き出される。最終巻では、社会を一つの有機的全体として扱う新しい学「社会学」が構想され、静学と動学の区別のもとに社会秩序と進歩の法則が論じられる。
【影響と意義】
本書によってソシオロジーという語が社会科学の固有名詞として定着し、のちのデュルケム、ヴェーバー、スペンサーらの社会学の母胎となった。実証主義は十九世紀後半の自然科学・歴史学・法学・経済学にまで浸透し、日本でもお雇い外国人の講義や中江兆民《なかえちょうみん》を通じて明治の知識人に受容された。
【なぜ今読むか】
学問の全体像が専門分化のなかで見えにくい今、諸科学を一つの秩序に位置づけて眺めようとした壮大な試みは、自分の学びの地図を持ち直すための手がかりとなる。知の体系化の夢とその限界を同時に学べる古典である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書はコントが私的な講義として始めた連続講座を文章化し、十数年かけて全六巻として刊行した大著である。読者はまず、彼の思考の劇場の中央に置かれた「三段階の法則」と出会う。人類の知的歴史は、超自然的な神々や精霊によって出来事を説明する神学的段階から、抽象的な実体や原因に訴える形而上学的段階を経て、観察可能な現象とその間の法則を捉える実証的段階へと進化してきた、とコントは描く。これは個人の思考発達にも、各科学の歴史にも、社会形態の発展にも当てはまる普遍法則として提示される。
第二巻から第三巻にかけては、諸科学が体系的に並べられる。コントの配列は明確な原則に従っている。最も抽象的で単純な数学から始まり、天文学、物理学、化学、生物学、そして最後に最も複雑な「社会物理学」へと進む。後の科学は前の科学を前提とし、より具体的な対象を扱う。これは単なる教育的便宜ではなく、知の階層秩序そのものだとされる。各科学の現状、固有の方法、未解決の課題が章ごとに整理されていく。
第四巻から第五巻にかけては、いよいよ社会学が誕生する。コントは新しい学にギリシア語の社会と論理を組み合わせた「ソシオロジー」という名を与え、人間の集合的生活を観察可能な現象として研究する道を開く。社会学は静学と動学に分けられ、静学は秩序の条件、動学は進歩の法則を扱う。社会は分業によって有機的に統合された全体であり、個人の総和ではなく独自の秩序を持つというテーゼが繰り返される。
最終の第六巻では、宗教と道徳が再び呼び戻される。実証的段階に入った社会も人間の感情と連帯を必要とする、というのが彼の確信である。後の彼が構想した「人類教(人類への愛を中心に据えた世俗的宗教)」の萌芽が、ここに姿を現している。本書全体は、専門分化していく十九世紀の知を、もう一度ひとつの建物として束ね直そうとする壮大な設計図である。
著者
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