フィロソフィーマップ

医学典範

いがく てんぱん

イブン・シーナー(アヴィセンナ)·中世

イブン・シーナーの医学百科事典

Amazonで見る
哲学

この著作について

ペルシアの大学者イブン・シーナー(アヴィセンナ)が中央アジアの宮廷医として活動するなかで書き継いだ医学の総合体系で、中世医学の揺るぎない標準テキストとなった大著。

【内容】

全五巻の構成で、第一巻は医学の定義、四体液と気質論、解剖と生理、健康と病の一般理論が整理される。第二巻は約八百種の単味薬の性質と効能を体系的に並べる薬学書、第三巻は頭から足までの各部位の疾患、第四巻は熱病・外傷・毒物など全身にかかわる病を扱い、第五巻は複合製剤の処方集となっている。ガレノスやヒッポクラテスのギリシア医学と、インド・ペルシアの伝統医学、さらに自身の臨床経験が、アリストテレス的な論証形式のもとに統合されている。

【影響と意義】

十二世紀にクレモナのジェラルドゥスによってラテン語訳されて以後、本書はパリ・ボローニャ・モンペリエなどヨーロッパの大学医学部で六百年にわたって標準教科書となり、近代医学が成立するまで権威を保った。東ではペルシア・アラビア・ウルドゥー語圏のユナニ医学の中心文献として、現在もインド・パキスタンで参照されている。

【なぜ今読むか】

医学が一つの総合的な学として構築される様子を歴史的に眺めることで、現代の専門分化した医療を相対化できる。西洋中心の科学史のなかで忘れられがちなイスラーム世界の貢献に触れる入り口にもなる。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書はイブン・シーナーが二十代後半から書き始め、生涯にわたって増補した医学の総合体系である。全五巻、百万語を超える大著だが、その構成は驚くほど整然としている。

第一巻は総論にあたる。冒頭で医学が「健康なときに健康を保ち、病気のときに健康を取り戻すための学」と定義される。続いて、四元素から四体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)が生じ、それらの均衡が個人の気質をつくるというギリシア医学の枠組みが整理される。さらに人体の解剖学的構造、神経・脈管・骨格、生命機能の三つの霊(自然霊・生命霊・精神霊)が論じられ、続いて疾病の原因、症候、診断のための脈診と尿診、そして食事・運動・睡眠・入浴を含む養生法までが網羅される。

第二巻は単味薬学である。八百種に近い薬物が、アルファベット順に近い形で配列され、それぞれの性質(熱・冷・乾・湿の度合い)、作用、適応症、産地、採取時期、調製法までが記述される。動物由来、植物由来、鉱物由来が一つの体系に並べられ、ガレノス医学とインド・ペルシアの薬草知識が融合している。

第三巻は局所病理学にあたる。頭部から足にかけて、各部位の疾患が頭痛・てんかん・眼疾・耳疾・歯痛・心臓病・肺疾・消化器疾患・尿路疾患・関節炎の順に論じられる。それぞれの病について、原因、症候、予後、治療が淡々と並べられる。第四巻は全身性疾患を扱い、熱病の分類、外傷と骨折、毒物と解毒、皮膚病、性病、精神疾患などが含まれる。なかでも熱病の精細な分類は、後世まで臨床の指針となった。

最後の第五巻は処方集である。複数の生薬を組み合わせた複合製剤、軟膏、湯薬、丸薬の処方が、用途別に並べられる。

読み終えて気づくのは、本書が単なる医学書ではなく、人体を宇宙の縮図として捉える哲学書でもあるということである。アリストテレス的な自然学、ガレノスの生理学、ペルシアの臨床経験が、論証と分類の網のなかでひとつの世界観を織り上げている。

著者

関連する哲学者と話してみる

この著作をマップで見るAmazonで見る