『すばらしい新世界再訪』
すばらしいしんせかいさいほう
オルダス・ハクスリー·現代
『すばらしい新世界』から27年後に自らの予言を点検した批評集
この著作について
オルダス・ハクスリー(Aldous Huxley)が1958年に刊行したエッセイ集(原題『Brave New World Revisited』)。1932年の小説『すばらしい新世界』から二十六年後、著者が自らの未来予測を現代社会と照合して点検した批評的自己注解である。
【内容】
本書は十二章からなる。人口過剰、組織の過剰、プロパガンダ、広告、洗脳、化学的説得、潜在意識への説得、睡眠学習といった章題が並び、ハクスリーは小説で描いた未来が、予想以上の速さで現実に近づきつつあることに警鐘を鳴らす。オーウェル『一九八四年』の恐怖による支配と対比しつつ、自分が描いたのはむしろ快楽と気晴らしによる自発的服従の世界であると自己整理する。各章では具体的な事例(広告業界の発達、政治宣伝、宗教的リバイバル、薬物の大量処方)が豊富に挙げられ、民主主義的社会においてこそ自由が侵食される巧妙な形式が提示される。末章では、公教育・読書習慣・法律・テクノロジー批判・人口政策を通じて、どのように自由を守るかという実践的処方箋が示される。
【影響と意義】
メディア論、広告批判、消費社会論、ニューロエシックス、監視資本主義論の先駆として、二十一世紀のショシャナ・ズボフ『監視資本主義』、カーロン・ケリー『注意散漫経済』、ニール・ポストマン『楽しみながら死んでいく』らに直接的な影響を与えた。
【なぜ今読むか】
アルゴリズム、ドーパミン経済、短尺動画に時間を吸い取られる日常のなかで、六十五年前の警告がどのように当たったかを自ら確かめる読書体験として、不気味な現代性を帯びている。
どの訳で読むか
日本語訳は2種類あり、どちらも新刊として確実に買えるとは確かめられなかった(2026年10月時点)。新しいのは2009年の高橋訳で、原書の12章すべてを収める。1966年の谷崎訳は書名が「文明の危機」に変わっており、国立国会図書館の個人送信サービスで読める。
高橋衞右訳近代文芸社、2009年
Amazonで探す書名は「素晴らしい新世界ふたたび」で、171頁、刊行時の定価は1500円。目次は「人口過剰」から「何を為し得るか」までの12章で、原書の12章に対応する。版元ドットコムでは出版社在庫情報が「不明」と表示されている(2026年10月時点)。
谷崎隆昭訳雄渾社(京都)・飜訳選書、1966年
Amazonで探す書名は「文明の危機」で、副題に「すばらしい新世界再訪」がつく。211頁で図版があり、刊行時の定価は650円。目次は「まえがき」「第一章 人口過剰」「第二章 量と質と道徳」「第三章 組織の過剰」と続く。国立国会図書館デジタルコレクションに収められ、本登録の利用者は個人送信サービスで読める(日本国外からは不可)。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書の大部分は、新聞「ニューズデイ」に「精神に対する専制」の題で載った文章がもとになっている。序文でハクスリーは、ハンガリー動乱の鎮圧や水爆、共同の墓へ行進する若者たちを思い浮かべて読むよう頼む。
第1章は、小説を書いた1931年にはまだ時間があると思っていたという告白で始まる。27年後の今、予言は思ったより早く現実になりつつあり、核戦争が起きなければ、独裁も『一九八四年』のような罰による支配より、報酬と操作による支配に傾くと見る。世界の人口は20億弱から28億に増えた。死亡は少数の技術者で減らせるが、出生を減らすには国民全体の協力が要る。人口過剰は不安と動乱を経て中央政府の力を強め、憲法の伝統が弱ければ独裁へ向かわせるという。第2章は、DDTでマラリアを一掃した島が飢えと過密に苦しむ例や遺伝的な質の低下への懸念を挙げ、善い手段が悪い結果を生む難問を示す。第3章は、人間は蜂や蟻ではなく狼や象のようにほどほどに群れる動物で、社会という有機体は作れず、作ろうとすれば全体主義の専制になるという。
第4章は、マスコミ産業が扱うのは真でも偽でもなく、ほとんど無関係なものだと指摘する。第5章はヒトラーの宣伝を、第6章は広告と、候補者を消臭剤のように売り込む選挙を論じる。
第7章は、長いストレスにさらされた動物が神経衰弱の症状を示すというパブロフの観察から洗脳を論じ、第8章は、精神安定剤はまだソーマではないが、その一面に近いとする。第9章は、ポップコーンの売上が5割増えたという実験は一度きりで対照もなく証明にならないと退けるが、無意識への働きかけは巧みに応用されれば強力な道具になりうるとし、小説にサブリミナル投影を書き落としたと認める。第10章は、カリフォルニアの刑務所で志願した囚人の枕の下のスピーカーが道徳の文句をささやいた試みを紹介し、問題は内容でなく、政府機関が睡眠学習を使う原理にあると言う。
第11章は、人間は一人ひとり遺伝的に異なるという事実と、自由や慈愛や知性という価値に立つ教育を論じ、1937年設立の宣伝分析研究所の歴史にも触れる。最終章は、身体の拘束には人身保護令状があっても心の拘束を訴える令状はありえないとして、役人が管理下の人々に睡眠学習を施すことを制限し、公共の場でのサブリミナル投影を禁じる法律を提案する。だが人口過剰と組織過剰の圧力が強まり続ければ、法律も長くは効かないと言う。『カラマーゾフの兄弟』の大審問官の言葉を引き、パンさえ与えられれば満足する人が多いことを確かめつつ、おそらく長くは抵抗できない力にも、できるだけ抵抗するのが私たちの務めだと結ぶ。