『アンナ・カレーニナ』
レフ・トルストイ·近代
愛と社会の矛盾を描いたトルストイの長編小説
この著作について
レフ・トルストイが、情熱的恋愛の破局と誠実な家庭生活の探求を二重の物語として描き上げた、十九世紀ロシア文学の最高峰の一つ。
【内容】
本書は二つの物語が対位法的に編まれている。高級官僚カレーニンの妻アンナが、青年将校ヴロンスキーと出会い、社交界の規範を破ってまで恋に生き、息子との別離と社交界からの排斥の末に孤立と絶望に追い詰められて鉄道自殺に至る物語。もう一方で、地主貴族レーヴィンが、若い公爵令嬢キティとの結婚生活を通じて、農業、宗教、労働、死、信仰の意味を模索する物語が並走する。農村と都市、情熱と倫理、自由と義務、宗教と懐疑といった主題が、複雑な人物造形と長い会話のなかに縦横に織り込まれる。
【影響と意義】
ウラジーミル・ナボコフは本書を「芸術のもっとも完成した形式」と評した。近代小説における心理描写、社会批評、宗教的探求が融合した作品として、世界文学に決定的な影響を与え、映画・演劇・バレエ・テレビドラマに繰り返し翻案されている。
【なぜ今読むか】
「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」という冒頭の一文以降、人間の幸福と不幸の本質に鋭く切り込む筆致が圧巻である。恋愛と結婚、仕事と生き方を考えるとき、長い人生のなかで何度も戻れる古典である。
さらに深く
【内容のあらまし】
物語は二つの家庭から始まる。モスクワのオブロンスキー家では、夫スティヴァの浮気が発覚して妻ドリーが嘆き、仲裁のため妹のアンナがペテルブルクから到着する。同じ列車に乗り合わせた青年将校ヴロンスキーは、駅で彼女と一瞬視線を交わす。舞踏会でアンナはヴロンスキーと踊り、義妹キティが彼に寄せていた淡い恋心は粉々になる。傷ついたキティのもとへ、田舎で農業を営む地主レーヴィンが求婚し、いったんは断られる。この二組の運命が交互に進行する構造が、本書全体を貫く。
ペテルブルクに戻ったアンナは、官界で出世していく夫カレーニンの冷たい家庭に堪えきれず、追いかけてきたヴロンスキーの情熱に身を委ねる。妊娠を打ち明けた場面、競馬で落馬したヴロンスキーを思わず「あの人」と呼んで夫に決定的な言葉を漏らす場面、出産後の生死をさまよう床で夫がいったん赦す場面。社交界は動揺する。アンナは息子セリョージャを置いてヴロンスキーとイタリアへ駆け落ちし、帰国後は離婚を拒まれたまま社交界から締め出される。
もう一方のレーヴィンは、再会したキティと結ばれ、領地で結婚生活を始める。鎌をもって農夫たちと一緒に草を刈る場面、兄ニコライの死を看取る場面、長男の誕生、農業改革と農民との対話、信仰と無神論をめぐる長い苦悩。彼の章は、家庭の幸福のなかにも生と死の重い問いが流れていることを示す。
終盤、ヴロンスキーとの関係に疑念を抱き始めたアンナは、モルヒネと不眠に蝕まれ、嫉妬の発作にとらわれていく。彼女は最後に、二人が初めて見た駅で貨物列車に身を投げる。物語はそこで終わらない。エピローグでレーヴィンは、農作業をしていて雷雨のなかひとりの百姓と交わした言葉から、「魂のために生きる」とは何かをふと悟る。理屈ではなく日常の善き行いのなかに信仰が宿るという確信を得て、彼は静かに家路につく。
著者
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