健康な8人が、幻聴が聞こえると偽って精神科病院を受診しました。全員が入院となります。
入院後は普通にふるまい、症状も訴えませんでした。スタッフは誰も見抜かず、平均19日後に、症状が落ち着いたとして退院しました。 見抜いたのはむしろ入院患者のほうで、記者か研究者だろうと言い当てた人が何人もいました。
まずは選んでみてください。
まず、選んでみる
健康な8人が、幻聴が聞こえると偽って精神科病院を受診しました。全員が入院となり、入院後は普通にふるまいました。それでも誰も偽者だと見抜かれず、平均19日後に症状が落ち着いたとして退院しました。
見抜けなかったのは、なぜだと思いますか。
この問いには答えがあります。ただ、ほとんどの人が同じところでつまずきます。
実際にやった人がいます
心理学者デイヴィッド・ローゼンハンが1973年に発表しました。
入院中、参加者はメモを取り続けました。その行為はカルテに「筆記行動」という症状として記録されていました。 普通のふるまいが、診断の枠を通ると症状に見える。
面白い後日談があります。ある病院がこの結果に反発し、次の3か月で偽者を送り込んでみろと挑戦しました。病院側は193人の患者のうち41人を偽者と疑いました。ローゼンハンは、実は一人も送っていませんでした。
見抜けないだけでなく、疑い始めると本物の患者まで偽者に見える。どちらの方向にも、判定は狂いました。
4つの答えは、それぞれ別の哲学に立っている
定義を疑う。正常と異常を分ける基準が曖昧すぎる。ローゼンハン自身の主張です。この論文は精神医学に大きな衝撃を与え、診断基準を明文化する動きを加速させました。
状況で決まる。病院に入った時点で、患者として見られてしまう。ラベルが先にあると、あとの行動はそれに合わせて解釈されます。 メモを取ることが症状になったのが、まさにこれです。
何に使うかで決める。訴えのある人を診るのが仕事で、嘘の検出は仕事ではない。医療への擁護として筋が通っています。 痛いと言って来た人を疑うことから始める医療は、機能しません。
決めない。この実験の作り方自体に無理があり、何が示せたのか怪しい。この立場が、いま最も強くなっています。
近年、この実験の信頼性が揺らいでいます
2019年、ジャーナリストのスザンナ・キャハランが調査を行い、深刻な問題を報告しました。
参加者8人のうち、資料で確認できたのはごく一部でした。見つかった参加者の一人は、ローゼンハンの記述と自分の体験が食い違うと証言しています。 記録に残っていない参加者もいます。
つまり、この有名な実験そのものが、どこまで実際に行われたのか分からない状態です。
それでも、問いは残ります
データが疑わしくなっても、突きつけた問いは消えません。正常と異常のあいだに、明確な線は引けるのか。
フーコーは、狂気が時代ごとに違う扱いを受けてきたことを詳しく描きました。どこからが病気かは、医学が発見するというより、社会が決めている面がある。
同時に、線を引かないわけにもいきません。引かなければ、治療も保護も制度として動かせない。 1粒ずつ取り除いてもまだ砂山で、どこかで砂山でなくなるのに、その1粒を指せない。砂山のパラドックスと同じ構造が、ここでは人の人生に直結しています。
いま、この問いが出てくる場所
診断名がつくことは、支援につながる一方で、その人の見られ方を変えます。発達特性、依存、うつ。どれも線引きの位置が動き続けています。
ローゼンハンの実験は、証拠としては弱くなりました。それでも引用され続けるのは、線引きへの疑いが解消していないからです。