何がしたいかわからない
自分の欲求や目標が見えない
この悩みについて
選択肢が多すぎて何を選べばいいかわからない。レストランのメニューでさえ迷うのに、人生の大きな決断なんてとても。そんなふうに感じたことはありませんか。
「好きなことをやれ」と言われても好きなことが見つからず、情報過多の時代に選択肢だけが増えて、決められない自分にますます苛立つ。
【哲学はこの悩みをどう見るか】
キルケゴールは『あれか、これか』で、選択できないこと自体が一つの選択であると述べました。決断を避け続ける「美的段階」から、覚悟を持って選ぶ「倫理的段階」への移行の必要性を説いています。
心理学の研究では、選択肢が増えるほど人間はかえって不幸になりやすいことが指摘されています。選びきれないこと自体がストレスとなり、選んだ後も「別の選択肢のほうがよかったのでは」という後悔が生じやすくなります。
荘子は『荘子』で、目的や計画に縛られない「遊」の精神を説きました。何がしたいかわからないことは、固定された目的から自由であるということでもあるかもしれないという視点です。
【ヒント】
「何がしたいか」を考えるよりも、「何をしているとき時間を忘れるか」「何をしているとき心地よいか」という身体の感覚に注目してみることが、意外と手がかりになるかもしれません。
さらに深く
【実践に使えるアプローチ】
■ 「何がしたいか」を頭で探すのをやめる
キルケゴールは、決断を避け続ける「美的段階」から、覚悟を持って選ぶ「倫理的段階」への移行の必要性を説きました。したいことは考えても見つからないことが多いです。代わりに「最近、何をしているときに少し心が動いたか」という身体の感覚に注目してみてください。完全に没頭できなくても、「これは嫌じゃない」という感覚が小さな糸口になります。
■ 選択肢を減らして「一つだけ試す」に集中する
心理学の研究では、選択肢が多いほど人間は不幸になりやすいことが知られています。「何がしたいか」という広すぎる問いは、選択肢が無限にあって返って動けなくします。今日できる「一つの小さなこと」に絞ってみてください。好きそうな本を一冊手に取る、気になったイベントに一度だけ行く。一つ試して感じた感覚が、次の手がかりになります。
【さらに学ぶために】
サルトル『実存主義とは何か』は目的なき人間が自ら意味を作る在り方を短くわかりやすく論じています。荘子『荘子』は目的や計画に縛られない「遊」の精神を語りかけてくれます。




