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権

『権力への意志』

けんりょくへのいし

近代

ニヒリズム論と価値の転換を体系的に展開したニーチェの遺稿集

哲学

この著作について

ニーチェが晩年に構想していた体系的主著の素材として残された膨大な断章を、妹エリーザベトと編集者たちが整理・刊行した遺稿集。

【内容】

編者たちは遺稿を「ヨーロッパのニヒリズム」「これまでの最高諸価値の批判」「新しい価値定立の原理」「訓練と育成」という四部に編み直した。断章はニヒリズムの系譜学的診断、キリスト教道徳と弱者のルサンチマンへの批判、真理概念への懐疑、芸術と生の肯定、永劫回帰と超人、そして表題の『権力への意志』に至る。ニーチェはここで、世界を固定された実体の集合としてではなく、絶えず増大し、服従し、克服しようとする力の関係の網目として捉え直す。文は切れ切れで、しばしば相互に矛盾するが、それゆえに思考の生々しい現場を感じさせる。

【影響と意義】

二十世紀前半にはニーチェ解釈の中心文献として機能した一方、編纂がニーチェ自身の意図を逸脱しているとの批判も強く、ナチスがプロパガンダに利用した経緯も本書の受容を複雑にした。戦後はカウフマン、ハイデガー、フーコー、ドゥルーズらにより、本書とコリ=モンティナリ批判版全集を併読する形で読み直しが続いている。

【なぜ今読むか】

伝統的価値が崩れ、情報過多のなかで基準を失いやすい時代に、「価値そのものをどう作るか」を正面から問う本書の諸断章は強烈な刺激になる。編集上の留保を意識しつつ、思想の生の素材に触れるための重要な窓口である。

さらに深く

【内容のあらまし】

序言は四つの短い節からなる。ニーチェは、次の二世紀の歴史、つまりニヒリズムの勝利を語ると予告する。自分を、ニヒリズムを魂のなかで生き抜いた最初の完全なヨーロッパのニヒリストになぞらえ、表題は、この完全なニヒリズムにいつか取って代わる反対運動の定式だと断る。そのあとに通し番号つきの断章が1067番まで並ぶ。本書は遺稿を妹エリーザベトがガストの協力を得て四つの書に編んだものである。

第一書の冒頭の計画の覚え書きは、ニヒリズムという最も不気味な客はどこから来たのかと問い、源をキリスト教の道徳のなかに見る。第2節はニヒリズムを、最高の価値がその価値を失うことだと定義する。第55節は、目的も目標もなく、無に終わることもないまま避けがたく回帰する生存、つまり永遠回帰を最悪の形で思い描けば、ニヒリズムの最も極端な形になると言う。

第二書は宗教、道徳、哲学の批判に分かれる。第135節は、強い力の感情に襲われた人間が自分をその原因と思えずに神を立てたのだと説き、素朴な宗教的人間が自分をいくつもの人格に分けるのを、片脚が重いと感じて誰かが乗っていると思い込む病人にたとえる。第274節は、ソクラテス以来のヨーロッパ史で道徳が他の価値を支配しようとしてきたことを、誰の権力への意志なのかと問い、その背後に、強く独立した者に対する畜群の本能、幸福な者に対する苦しむ者の本能、例外者に対する凡庸な者の本能を見る。第431節は、ソクラテス以前の良い社会では弁証法で理由を並べ立てるのは無作法と見られたと述べ、平民ソクラテスの弁証法が高貴な趣味に勝ったとする。

第三書は認識、自然、社会と個人、芸術の順に進む。第481節は実証主義に反対して、まさに事実こそなく、あるのは解釈だけだと述べる。第619節は、物理学者の「力」の概念には内面を補う必要があるとして、それを権力への意志と名づける。第822節は、真理は醜いとしたうえで、我々が真理によって滅びないために芸術があると言う。

第四書は位階の教説から始まり、第854節は、誰もがあらゆることを裁く普通選挙の時代にあって、位階を立て直さずにはいられないと書く。「ディオニュソス」の部の第1052節は、引き裂かれてもまた生まれるディオニュソスを、生への呪いとしての十字架の神に対置する。最後の部「永遠回帰」は、始まりも終わりもないエネルギーの怪物として世界を描く第1067節で閉じ、その結びは「この世界は権力への意志であり、それ以外の何ものでもない。そして君たち自身もこの権力への意志であり、それ以外の何ものでもない」である。

著者

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