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『トゥスクルム荘対談集』

とぅすくるむそうたいだんしゅう

キケロ·古代

娘を亡くしたキケロが、死・苦痛・悲嘆・情念・徳と幸福を5日間の対話で論じた書

哲学倫理

この著作について

古代ローマの政治家キケロ(前106〜前43)が前45年に書いた、全5巻の哲学対話である。トゥスクルムの別荘で友人と交わした5日間の議論という形をとり、友人ブルートゥスに宛てられている。

【内容】

各日、聞き手がその日の論題を出し、キケロが長く論じる。第1巻で聞き手が死は悪だと思うと言うと、キケロは魂が不滅であるというプラトン的な論証を重ねつつ、たとえ死で感覚がなくなるとしても、死を悪とは数えない。この巻には、哲学者の生涯はすべて死の練習であり、魂を身体から引き離すことこそ死ぬことを学ぶことだ、という一節がある。第2巻は苦痛は悪かを論じ、第3巻は悲嘆を、第4巻はそのほかの魂の動揺を扱って、賢者がそれらから自由でいられるかを問う。第5巻は、徳だけで幸福な生に足りるかを論じる。

【影響と意義】

前45年、キケロは娘トゥッリアを出産後に亡くし、悲しみのなかで哲学の研究に打ち込んだ。本書はその時期に、ストア派を含むギリシアの哲学をローマに広めようとして書かれた。各巻のはじめには、ギリシア人の知恵をラテン語に取り込む利点が説かれる。アウグスティヌスもこの本の影響を受けており、『告白』にもこれを踏まえた箇所がある。死の練習という一節は、さかのぼればプラトンの『パイドン』でソクラテスが語ったことにつながり、のちにモンテーニュが『エセー』でそのラテン語を引いた。

【なぜ今読むか】

死、苦痛、悲嘆、情念という、誰も避けられない問題を一日に一つずつ取り上げ、実際的な教えで心を支えようとした本である。哲学するとは死ぬことを学ぶことだという格言をたどるとき、その言葉がラテン語でどう語られたのかを確かめられる。

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