『悲しき熱帯』
かなしきねったい
現代
ブラジル先住民の世界を通して人類と文明を問う哲学的紀行
この著作について
クロード・レヴィ=ストロースが1955年に公刊した半自伝的な哲学的紀行文学。20世紀フランス文学・思想史の古典として広く読まれる。
【内容】
若き日のレヴィ=ストロースが1935-39年にブラジルで行ったフィールドワーク—サンパウロ大学の教職と、カデュベオ族、ボロロ族、ナンビクワラ族、トゥピ・カワイブ族を訪ねた旅—を、哲学的省察と旅行記と自伝を織り交ぜて叙述する。彼は西洋文明の進歩史観を問い直し、滅びゆく先住民社会の豊かさを描き出す。「旅行も旅行記も私は嫌いだ」という有名な冒頭の一節は、浅薄な異文化消費への痛烈な批判である。
【影響と意義】
本書は構造主義人類学の誕生を告げると同時に、ポストコロニアル批評やエコロジー思想の出発点の一つとなった。文学作品としても高く評価され、ゴンクール賞審査委員が「該当作なし」ならば本書に与えたかったと言われた(対象外だったため授与されず)。
【なぜ今読むか】
「進んでいるのは我々で、彼らは遅れている」という文明観を、自分自身の目で根底から疑う知的体験を与えてくれる。
どの訳で読むか
いま新品で買えるのは川田順造訳の中公クラシックスで、2冊に分かれている。もう一つの室淳介訳は「悲しき南回帰線」という題で講談社学術文庫に上下2冊で入っているが、2026年10月時点で新品の入手は確かめられなかった。古書や図書館で探すときは、題が違うことに注意する。
川田順造訳中央公論新社・中公クラシックス、2001年
Amazonで探す書名は『悲しき熱帯』で、全2巻。Iに第1部の旅の終りから第5部のカデュヴェオ族まで、IIに第6部のボロロ族から第9部の回帰までを収める。Iは2001年4月、IIは同年5月に出た。版元のサイトに両巻の書誌が載っている。
室淳介訳講談社・講談社学術文庫(上下)、1985年
Amazonで探す書名は「悲しき南回帰線」で、上は1985年11月、下は同年12月に出た。上に第1部から第5部のカドゥヴェオ族まで、下に第6部のボロロ族から第9部の回帰までを収める。講談社のサイトに書誌と目次は載っているが、紀伊國屋書店のウェブストアは2026年10月時点で上巻の注文を受け付けておらず、新品の入手は確かめられなかった。
さらに深く
【内容のあらまし】
全9部40章。冒頭で著者は、旅も探検家も嫌いだと言いながら自分の探検を語ろうとし、最後にブラジルを離れて15年、何度も書こうとしては恥ずかしさと嫌悪に引き止められてきたと打ち明ける。やがて話は1941年2月、350人が詰めこまれた小さな汽船へ飛び、乗客のアンドレ・ブルトンはビロードの上着で甲板を行き来して、青い熊のようだったという。
第2部は1934年秋の日曜、朝9時に鳴った電話から始まる。電話の主ブーグレは、まだ民族学をやりたいかと尋ね、やりたいと答えると、サンパウロ大学の社会学教授に応募しなさい、郊外はインディオだらけだから週末に研究できると告げた。続いて著者は、地質学、精神分析、マルクス主義という三人の愛人から学んだことを振り返り、船上で書きとめた日没の長い描写を差し挟む。
リオに着くと著者は、湾の名高い美しさに心が動かないと言い、シュガーローフやコルコバードは歯の抜けた口に残る切り株のように見えたと書く。第4部は南米の町や開拓地の成り立ちを論じ、話はインドやパキスタンの社会にまで及ぶ。
第5部から第8部までは、カデュベオ族、ボロロ族、ナンビクワラ族、トゥピ・カワイブ族を訪ねる。カデュベオ族の顔や体を覆う非対称の唐草模様を、著者はトランプの図柄の精妙な変種として読み解く。ボロロ族の村では、家々の円い配置が社会と宗教の生活に欠かせず、サレジオ会の宣教師たちは、家が平行に並ぶ村へ移らせるのが改宗のいちばん確かな道だとすぐに悟った。人々はあらゆる意味で方向を見失うからだ。ナンビクワラ族のもとでは、著者が配った紙と鉛筆に皆が波線を引くなか、首長だけは文字の使い道を見抜いていたと著者は見る。首長は答えの代わりに波線を引いた紙を渡し、仲間の前ではその紙を読むふりをして贈り物の交換を取り仕切る。文字の出現にはいつも都市と帝国の形成が伴ってきたと見る著者は、伝達の手段としての文字の第一の働きは人を隷属させやすくすることだという仮説を立てる。
第9部は、ナンビクワラ族を訪ねた旅の一段階だった電信線の駅カンポス・ノヴォスの回想から始まる。病に倒れた仲間と離れて仕事にならない日々のなか、著者はなぜここにいるのかと自問し、ショパンの練習曲の旋律が頭を離れなくなる。ある日、この悩みを芝居にできると気づき、6日間、朝から晩まで書き続けて、半ばで筆が止まったという。題は「アウグストゥスの神格化」で、コルネイユの「シンナ」を作り直したものだった。この部は、人類学の本質と目的、旅が心に及ぼすもの、仏教とイスラームが世界の文化で果たす役割などをめぐる省察で本を閉じる。
著者
関連する哲学者と話してみる
