破
『破戒』
はかい
島崎藤村《しまざきとうそん》·近代
島崎藤村の社会小説
哲学
この著作について
詩人から小説家へ転じた島崎藤村《しまざきとうそん》が自費出版で世に問うた長編で、日本自然主義文学の出発点にして社会小説の代表作。
【内容】
主人公は信州飯山の小学校教師・瀬川丑松《せがわうしまつ》。被差別部落の出身であり、父からは「身分を決して明かすな」という戒《いましめ》を厳しく命じられて育ってきた。丑松は同じ出自を持つ思想家・猪子蓮太郎《いのこれんたろう》に密かな尊敬と同類の苦しみを感じながら、教え子や同僚、恋する女性お志保にも真実を隠し続ける。やがて猪子の暗殺事件が起こり、丑松は長年守ってきた戒を破って生徒たちの前で自らの出自を告白する。教職を辞したのち、テキサスへ渡る船に乗って物語は閉じられる。
【影響と意義】
発表当時から夏目漱石や二葉亭四迷《ふたばていしめい》に高く評価され、日本近代文学に「社会問題を正面から引き受ける小説」の道筋を開いた。のちに藤村自身が戦後の社会状況のなかで本文を改稿したことも知られ、部落問題をめぐる表現と受容の歴史のなかでも重要な位置を占めている。
【なぜ今読むか】
出自、病、性的指向、精神の困難など、今もなお「明かすか隠すか」を個人が迫られる場面は絶えない。カミングアウトに至るまでの苦しみと、告白後の人生の描き方は、現代の当事者運動を考える際にも生きた参照点となる。