『金閣寺』
きんかくじ
三島由紀夫·現代
美への執着と破壊衝動を描いた三島文学の最高傑作
この著作について
三島由紀夫が1956年に公刊した、実際の金閣寺放火事件を題材に、美と破壊の相克を描いた代表作。
【内容】
主人公は吃音《きつおん》を抱え、美しいものへの激しい憧れと劣等感を同時に抱く青年僧・溝口。父から聞かされて育った金閣の圧倒的な美しさに取り憑かれ、戦災で焼失しなかった金閣の存在が自分の生を妨げるように感じ始める。戦後の混乱、女性との関係の失敗、友人柏木との屈折した付き合いを経て、ついに彼は美を永遠に自分のものにするため金閣に火を放つ。美と醜、行動と観想、生と死という二項対立が、極限まで追い詰められた心理として描かれる。
【影響と意義】
三島文学の最高傑作と評され、英語・フランス語・中国語など多くの言語に翻訳されて世界中で読まれている。日本的な美意識と西洋的な実存主義の交差点に位置する作品として、戦後日本文学論・三島論の中心テーマであり続けている。
【なぜ今読むか】
三島の華麗で精密な文体がもっとも冴えわたった作品。金閣の美しさの描写そのものが、読者の心に「なぜ美しいものは人を苦しめるのか」という問いを呼び起こす。
さらに深く
【内容のあらまし】
物語は、貧しい禅僧の家に生まれた溝口の幼少期から始まる。吃音を抱える彼は、言葉が口の外に出るまでのわずかな時間に、いつも世界から疎外されていると感じている。父は病弱で、京都の鹿苑寺、すなわち金閣の美しさを息子に語り続けてきた。父の死後、遺言に従って鹿苑寺に弟子入りした溝口は、現実の金閣を初めて目にする。期待の大きさのせいか、最初の印象はむしろ平凡で、彼を戸惑わせる。
やがて空襲が京都に迫ると、戦火に包まれて自分とともに焼け落ちる金閣という幻想が、彼の心を強くとらえる。だが京都は焼かれず、終戦を迎えた金閣は無傷のまま立ち続け、溝口だけが生き延びた者として残される。戦後の自由な空気のなかで彼は大谷大学に進み、内反足のために屈折した同級生・柏木と知り合う。柏木は欠陥を武器に女性を口説く逆説的な人物で、彼の冷笑的な世界観が溝口の内面を侵食していく。
やがて溝口は、女性との関係に踏み出そうとするたび、自分と相手のあいだに金閣の幻影が立ちはだかることに気づく。美しすぎる金閣は、彼の生を遮断する障壁として迫ってくるのである。生きたいと願う心が強くなればなるほど、金閣を滅ぼさなければならないという考えが、静かに彼の内側で熟していく。
住職への失望、母の俗な期待、柏木との金銭的な軋轢が重なり、溝口はついに行動に踏み切る。寺の蔵から運び出した蚊帳と藁を用意し、深夜の金閣に火を放つ。最上層の究竟頂に登って自らも焼け死のうとするが、扉は開かない。彼は炎の外に逃れ、煙草に火をつけ、「生きよう」と思う。美に殺されようとした青年が、美を殺すことで生に戻ってくる、その逆説の瞬間で物語は閉じられる。
著者
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