『哲学』
てつがく
ヤスパース·現代
ヤスパースの哲学体系
この著作について
精神医学から哲学へ転じたカール・ヤスパースがハイデルベルク大学で練り上げた全三巻の大著で、ハイデガー『存在と時間』と並ぶドイツ実存哲学の主著。
【内容】
第一巻「世界定位」では、自然科学・歴史学・心理学・神学など諸々の知が世界をどう位置づけてきたかを吟味し、あらゆる客観的認識が限界をもつことが示される。第二巻「実存開明《じつぞんかいめい》」では、死・苦しみ・闘争・罪といった「限界状況」のただなかで自己が自己として露わになる局面が主題化される。実存は対象的に証明できるものではなく、交わりと決断のなかで自らに対して立ち現れるとされる。第三巻『形而上学』では、理性では捉えられない超越者を「暗号」として読もうとする試みが展開される。芸術・神話・哲学の伝統が、有限な人間が無限へ触れるための暗号として論じられる。
【影響と意義】
本書はハイデガーとは異なる角度で、近代科学では覆いきれない人間存在の次元を開き直した著作として高く評価された。戦後は『原爆と人間の未来』などとともに、核時代の倫理を問う議論にも連なっていく。日本では京都学派や小林秀雄らの戦後の受容を通じて、実存哲学の一つの基軸となった。
【なぜ今読むか】
病・死別・挫折など避けられない限界状況に直面したとき、人を励ます処方箋的語りとは違う、静かで誠実な言葉の書物がある。科学と宗教の中間で存在の意味を考えたい人に、重く静かに寄り添う哲学書である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書はヤスパースが精神医学から哲学へ移ったあと、ハイデルベルク大学で十年以上かけて整え、全三巻として刊行した哲学的主著である。各巻は独立した題を持ちながら、人間存在に向けて三つの異なる方向から光を当てる構成になっている。
第一巻「世界定位(Weltorientierung)」では、人間が世界をどう位置づけてきたかが順に検討される。物理学は世界を物質と力の体系として、生物学は生命の連鎖として、心理学は心の科学として、歴史学は出来事の連なりとして、それぞれ世界を切り取ってきた。ヤスパースは諸学問の成果を尊重しつつ、どの学問も世界を全体としては掴めず、必ず取り逃がす残余があると指摘する。世界は対象として完結しない、というのが第一巻の結論である。
第二巻「実存開明(Existenzerhellung)」が本書の中心である。世界の内側にとどまる客観的認識では捉えきれない次元として、「実存」が呼び出される。実存は対象的に証明されるものではなく、ある特定の状況のなかで露わになる。ヤスパースが導入する有名な概念が「限界状況」である。死、苦しみ、闘争、罪、偶然。これらは避けようとして避けきれず、最終的に各人がひとりで引き受けるしかない壁である。この壁にぶつかったとき、職業や役割の表層が剥がれ、本当の自己が立ち上がる。実存はまた、孤立してではなく、誠実な「交わり」のなかで他者と互いを照らし合うものとして描かれる。
第三巻「形而上学(Metaphysik)」では、限界状況の向こう側にあるとされる「超越者」が主題化される。超越者は対象として認識できないが、芸術、神話、哲学の伝統のなかにその「暗号」が散らばっている、とヤスパースは言う。バッハの音楽、ゴシック教会、ウパニシャッドの詩句、ヘラクレイトスの断片は、有限な人間が無限と触れた場所の暗号として読めるとされる。
読後、本書はハイデガーのような分析的な存在論というより、人間が自分の限界と向き合うための長い瞑想録に近いものとして残る。
著者
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