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家

『家父長論』

かふちょうろん

ロバート・フィルマー·近代

王権神授説を聖書から論証したフィルマーの主著

政治哲学

この著作について

イングランドの王党派思想家ロバート・フィルマー(1588〜1653)が著し、死後の1680年に公刊された政治論。原題『パトリアーカ、すなわち国王の自然的権力』。

【内容】

旧約聖書のアダムが神から世界全体への支配権を授けられ、その権利が長子継承によって歴代の王へと受け継がれてきた、と論じる。父権と王権を本性上同じものと見なし、絶対王政を聖書解釈と自然法から正当化する。被治者の同意や社会契約という近代的な発想を全面的に否定し、家庭内の家父長と国家の君主を同型に置くのが特徴である。

【影響と意義】

王政復古期イングランドのトーリ党の理論的支柱となった一方、ロックは『統治二論』第一部をまるごとフィルマー批判に捧げ、社会契約論の出発点とした。シドニー、タイレルら同時代の共和派にも反論を呼び込んだ。

【なぜ今読むか】

近代の自由主義が何を相手取って成立したかを、その対極から確かめられる古典である。

さらに深く

【内容のあらまし】

1680年の刊本は3章に分かれる。

第1章「最初の王たちは家族の父であった」は、人は生まれながら服従から自由で、権力は民衆の裁量で与えられたという通説を、王を廃する権利に通じる危険な説として取り上げて始まる。平等ゆえに権力は民衆にあるというベラルミーノには、その言葉で答える。多くの人が一度に土から造られていたなら皆が子孫の君主であるべきだった、という一文に、創造が人を子孫の君主にしたという告白を読み取る。アダムが神の命によって世界全体に持った支配権は族長に受け継がれ、ユダが嫁のタマルに死刑を言い渡し、アブラハムが自家の318人の兵を率いたように、どの君主にも劣らなかった。今の王は実の父でなくても最初の父祖の相続人とみなされる。民衆が相続人を知らなくなっても相続人は必ずいて、アダムがいま死の間際にあれば、誰かは分からなくても次の相続人は世界にただ1人いる。王位が絶えても権力は民衆ではなく家長たちに戻る。十戒の「汝の父を敬え」を根拠に、父と王の自然的な権利は及ぶ範囲が違うだけだとする。

第2章「民衆が統治し、統治者を選ぶのは自然に反する」は、平等な者の国で1人が全市民の主人になるのは自然に反すると「一部の人には思われる」という『政治学』の一文について、ランビヌスのラテン語訳は「一部の人」を訳し落とし、他人の意見をアリストテレス自身の説にしてしまったと責める。アダムの権威を一家に閉じ込めるスアレスには、子らが別々に住んでも一家とみなすなら、930年生きて7、8代の子孫を見たアダムは多くの国家より大きな人数を治めえたと答える。全民衆が集まって君主を選んだ例は世界のどこにもなく、聖書に見える民の王選びも、選ぶのは神で民は立てただけだとする。民衆の統治の代表とされるローマは、執政官、護民官、十人委員、独裁官と統治の形を替え続けたと数える。ティベリウス、ドミティアヌス、コンモドゥスの殺戮を合わせてもマリウスとスラの内乱一つに及ばず、多数者の暴政に比べられる暴政はないという。民衆が契約違反を理由に王を廃する説にも、正規の裁判官の審理なしに決めれば各人が自分の訴えの裁判官になるとして反対する。

第3章「実定法は王の自然的で父としての権力を侵さない」は、王が法の上に立つことを論じる。法より先に王がいたことを証拠に挙げ、法が王国を治めると言うのは大工の物差しが家を建てると言うのと同じだとたとえる。議会の自由も自然権ではなく王の恩恵だとし、最後の節では、議会が王の裁判官の意見にどれほど重きを置いてきたかを先例でたどり、評議会が裁判官を、裁判官が議会を導いてきたことを示そうとする。

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